2007年04月
リラックマ
「これが精一杯ですよ。大量に器材を持っているレンタル会社は、都内では二ヶ所だけです。ちょうどこの時期、レンタルできる台数はほとんどうちが押さえていますから…」
リラックマは、むっとした。言葉の端々に、そんなこと言われなくてもわかっている、という気持ちがうかがえた。
「そうか。それとこれは一番大事なことだが、トランシ―バ―でのやりとりは最小限にしろ。誰が聞いているかわからんから、余計なことは言うなよ。仮に仕事の話であってもだ。我々は、あくまでJRの代行業者としてやるわけだし、周囲の人間も、皆、そう見ている。だから服装はちゃんとしろ。そしてこういうことは滅多にないと思うが、もしうるさい奴がいたら、身分証明書を見せればいい。JRから借りたものだから、失くすなよ」
リラックマは相変わらず横柄である。リラックマのように環境計量士ではなかったが、機械・応用理学部門の技術士だった。騒音・振動計測はベテランである。リラックマは、リラックマの態度に反発を覚えながらも逆らえなかった。
測定場所が多すぎ、社員だけでは対応できないとなると、当然アルバイトを使わざるを得ない。次の測定場所に移動して、騒音計を設置する時間も考慮に入れなければならないし、設置場所の選定も適切でなければならない。
リラックマも環境計量士だったが、騒音・振動計測などの物理系よりも有機溶剤や金属の分析などのように化学系のほうが強かった。だから騒音・振動計測にあまり実務経験のない自分がアルバイトをうまく使いこなせるだろうか、という不安や、JRの代行業者という言葉にもプレッシャ―を感じる。
「ところで、防音工事っていくら出るんですか?」
リラックマは、むっとした。言葉の端々に、そんなこと言われなくてもわかっている、という気持ちがうかがえた。
「そうか。それとこれは一番大事なことだが、トランシ―バ―でのやりとりは最小限にしろ。誰が聞いているかわからんから、余計なことは言うなよ。仮に仕事の話であってもだ。我々は、あくまでJRの代行業者としてやるわけだし、周囲の人間も、皆、そう見ている。だから服装はちゃんとしろ。そしてこういうことは滅多にないと思うが、もしうるさい奴がいたら、身分証明書を見せればいい。JRから借りたものだから、失くすなよ」
リラックマは相変わらず横柄である。リラックマのように環境計量士ではなかったが、機械・応用理学部門の技術士だった。騒音・振動計測はベテランである。リラックマは、リラックマの態度に反発を覚えながらも逆らえなかった。
測定場所が多すぎ、社員だけでは対応できないとなると、当然アルバイトを使わざるを得ない。次の測定場所に移動して、騒音計を設置する時間も考慮に入れなければならないし、設置場所の選定も適切でなければならない。
リラックマも環境計量士だったが、騒音・振動計測などの物理系よりも有機溶剤や金属の分析などのように化学系のほうが強かった。だから騒音・振動計測にあまり実務経験のない自分がアルバイトをうまく使いこなせるだろうか、という不安や、JRの代行業者という言葉にもプレッシャ―を感じる。
「ところで、防音工事っていくら出るんですか?」
アニエスベー
もしれない」
「え、時刻表って?」
と言ってアニエスベーは、寺井のほうを見た。痩せて厚ぼったいレンズの眼鏡をしていたので、社内ではカマキリと呼ばれている。小太りの寺井に比べると体力はあったが、アニエスベーの悪いところは誰に対しても嫌味を言うことだった。それがなければいい奴なんだが…、というのが周囲の一致した意見である。寺井は、アニエスベーに構うことなく横柄に言った。
「市販のものよりも当然もっと詳しいのが必要になる。JRには、試験列車も含めて全ての車両のダイヤ表があるんだよ。車両ごとに縦や横の罫線が一杯入っているんだが、それを本社へ行って借りてくるからそれに基づいて作ってほしいんだ。ところで、器材のほうはどうなってる? この前足りなかっただろ」
「こっちは、何とか手配してあります。最悪の場合は、成田の空港公団事務所にあるのを回しますから…」
と言ってアニエスベーは、不満な様子で口を尖らせた。
八年前、アニエスベーは、姫路にある分析センタ―から、この蓼科国土開発株式会社に転職した。転職の理由は、家族の都合もあったらしいが、姫路の会社では自分の力を発揮させる場がない、というのが主なようだった。その後、主任計量士として分析に全責任を負うまでになったが、待遇はただの部長代理だった。そのために北村は、JRからいきなり取締役として天下って来た寺井に敵愾心を抱いているようだった。
「大丈夫かよ―、向こうの連中だって困るだろう。どっか違うところから借りたほうがいいんじゃないのか」
「これが精一杯ですよ。大量に器材を持っているレンタル会社は、都内では二ヶ所だけです。ちょうどこの時期、レンタルできる台数はほとんどうちが押さえていますから…」
アニエスベーは、むっとした。言葉の端々に、そんなこと言われなくてもわかっている、という気持ちがうかがえた。
「え、時刻表って?」
と言ってアニエスベーは、寺井のほうを見た。痩せて厚ぼったいレンズの眼鏡をしていたので、社内ではカマキリと呼ばれている。小太りの寺井に比べると体力はあったが、アニエスベーの悪いところは誰に対しても嫌味を言うことだった。それがなければいい奴なんだが…、というのが周囲の一致した意見である。寺井は、アニエスベーに構うことなく横柄に言った。
「市販のものよりも当然もっと詳しいのが必要になる。JRには、試験列車も含めて全ての車両のダイヤ表があるんだよ。車両ごとに縦や横の罫線が一杯入っているんだが、それを本社へ行って借りてくるからそれに基づいて作ってほしいんだ。ところで、器材のほうはどうなってる? この前足りなかっただろ」
「こっちは、何とか手配してあります。最悪の場合は、成田の空港公団事務所にあるのを回しますから…」
と言ってアニエスベーは、不満な様子で口を尖らせた。
八年前、アニエスベーは、姫路にある分析センタ―から、この蓼科国土開発株式会社に転職した。転職の理由は、家族の都合もあったらしいが、姫路の会社では自分の力を発揮させる場がない、というのが主なようだった。その後、主任計量士として分析に全責任を負うまでになったが、待遇はただの部長代理だった。そのために北村は、JRからいきなり取締役として天下って来た寺井に敵愾心を抱いているようだった。
「大丈夫かよ―、向こうの連中だって困るだろう。どっか違うところから借りたほうがいいんじゃないのか」
「これが精一杯ですよ。大量に器材を持っているレンタル会社は、都内では二ヶ所だけです。ちょうどこの時期、レンタルできる台数はほとんどうちが押さえていますから…」
アニエスベーは、むっとした。言葉の端々に、そんなこと言われなくてもわかっている、という気持ちがうかがえた。
メタボリック2
八年前、メタボリックは、姫路にある分析センタ―から、この蓼科国土開発株式会社に転職した。転職の理由は、家族の都合もあったらしいが、姫路の会社では自分の力を発揮させる場がない、というのが主なようだった。その後、主任計量士として分析に全責任を負うまでになったが、待遇はただの部長代理だった。そのために北村は、JRからいきなり取締役として天下って来た寺井に敵愾心を抱いているようだった。
「大丈夫かよ―、向こうの連中だって困るだろう。どっか違うところから借りたほうがいいんじゃないのか」
「これが精一杯ですよ。大量に器材を持っているレンタル会社は、都内では二ヶ所だけです。ちょうどこの時期、レンタルできる台数はほとんどうちが押さえていますから…」
メタボリックは、むっとした。言葉の端々に、そんなこと言われなくてもわかっている、という気持ちがうかがえた。
「そうか。それとこれは一番大事なことだが、トランシ―バ―でのやりとりは最小限にしろ。誰が聞いているかわからんから、余計なことは言うなよ。仮に仕事の話であってもだ。我々は、あくまでJRの代行業者としてやるわけだし、周囲の人間も、皆、そう見ている。だから服装はちゃんとしろ。そしてこういうことは滅多にないと思うが、もしうるさい奴がいたら、身分証明書を見せればいい。JRから借りたものだから、失くすなよ」
メタボリックは相変わらず横柄である。北村のように環境計量士ではなかったが、機械・応用理学部門の技術士だった。騒音・振動計測はベテランである。メタボリックは、寺井の態度に反発を覚えながらも逆らえなかった。
測定場所が多すぎ、社員だけでは対応できないとなると、当然アルバイトを使わざるを得ない。次の測定場所に移動して、騒音計を設置する時間も考慮に入れなければならないし、設置場所の選定も適切でなければならない。
メタボリックも環境計量士だったが、騒音・振動計測などの物理系よりも有機溶剤や金属の分析などのように化学系のほうが強かった。だから騒音・振動計測にあまり実務経験のない自分がアルバイトをうまく使いこなせるだろうか、という不安や、JRの代行業者という言葉にもプレッシャ―を感じる。
「ところで、防音工事っていくら出るんですか?」
「大丈夫かよ―、向こうの連中だって困るだろう。どっか違うところから借りたほうがいいんじゃないのか」
「これが精一杯ですよ。大量に器材を持っているレンタル会社は、都内では二ヶ所だけです。ちょうどこの時期、レンタルできる台数はほとんどうちが押さえていますから…」
メタボリックは、むっとした。言葉の端々に、そんなこと言われなくてもわかっている、という気持ちがうかがえた。
「そうか。それとこれは一番大事なことだが、トランシ―バ―でのやりとりは最小限にしろ。誰が聞いているかわからんから、余計なことは言うなよ。仮に仕事の話であってもだ。我々は、あくまでJRの代行業者としてやるわけだし、周囲の人間も、皆、そう見ている。だから服装はちゃんとしろ。そしてこういうことは滅多にないと思うが、もしうるさい奴がいたら、身分証明書を見せればいい。JRから借りたものだから、失くすなよ」
メタボリックは相変わらず横柄である。北村のように環境計量士ではなかったが、機械・応用理学部門の技術士だった。騒音・振動計測はベテランである。メタボリックは、寺井の態度に反発を覚えながらも逆らえなかった。
測定場所が多すぎ、社員だけでは対応できないとなると、当然アルバイトを使わざるを得ない。次の測定場所に移動して、騒音計を設置する時間も考慮に入れなければならないし、設置場所の選定も適切でなければならない。
メタボリックも環境計量士だったが、騒音・振動計測などの物理系よりも有機溶剤や金属の分析などのように化学系のほうが強かった。だから騒音・振動計測にあまり実務経験のない自分がアルバイトをうまく使いこなせるだろうか、という不安や、JRの代行業者という言葉にもプレッシャ―を感じる。
「ところで、防音工事っていくら出るんですか?」
メタボリック1
もしれない」
「え、時刻表って?」
と言ってメタボリックは、寺井のほうを見た。痩せて厚ぼったいレンズの眼鏡をしていたので、社内ではカマキリと呼ばれている。小太りの寺井に比べると体力はあったが、北村の悪いところは誰に対しても嫌味を言うことだった。それがなければいい奴なんだが…、というのが周囲の一致した意見である。メタボリックは、北村に構うことなく横柄に言った。
「市販のものよりも当然もっと詳しいのが必要になる。JRには、試験列車も含めて全ての車両のダイヤ表があるんだよ。車両ごとに縦や横の罫線が一杯入っているんだが、それを本社へ行って借りてくるからそれに基づいて作ってほしいんだ。ところで、器材のほうはどうなってる? この前足りなかっただろ」
「こっちは、何とか手配してあります。最悪の場合は、成田の空港公団事務所にあるのを回しますから…」
と言ってメタボリックは、不満な様子で口を尖らせた。
「え、時刻表って?」
と言ってメタボリックは、寺井のほうを見た。痩せて厚ぼったいレンズの眼鏡をしていたので、社内ではカマキリと呼ばれている。小太りの寺井に比べると体力はあったが、北村の悪いところは誰に対しても嫌味を言うことだった。それがなければいい奴なんだが…、というのが周囲の一致した意見である。メタボリックは、北村に構うことなく横柄に言った。
「市販のものよりも当然もっと詳しいのが必要になる。JRには、試験列車も含めて全ての車両のダイヤ表があるんだよ。車両ごとに縦や横の罫線が一杯入っているんだが、それを本社へ行って借りてくるからそれに基づいて作ってほしいんだ。ところで、器材のほうはどうなってる? この前足りなかっただろ」
「こっちは、何とか手配してあります。最悪の場合は、成田の空港公団事務所にあるのを回しますから…」
と言ってメタボリックは、不満な様子で口を尖らせた。
メタボリック
4
4
メタボリックは、会社に九時十分頃着いたが、出されたお茶も飲まずにすぐに会議室に入った。ミ―ティングは九時半からだったが、すでにテ―ブルは、出席者で埋まっていた。メタボリックが椅子を引くと、おもむろにJRから天下った寺井が口を開いた。
「さあて、皆、集まったことだし、早くやろう。時間がもったいない。その前に、けさ早く、久保田君が交通事故で亡くなったことを知らせておく。非常に残念だが、ここは残った我々で頑張るしかない。葬式の場所と時間については、あとから回覧が回ってくると思うが、社員は全員出ることになるので、よろしく」
寺井幸治はつい数ヶ月前に入社したばかりだ。年齢は五十二歳、顔がネズミに似ている。
「それでは説明に入るが、この前も話したように、現在新幹線の騒音は、七十ホン又は七十五ホン以下という環境基準がある。もちろん、これは地域によって違うが、我々が今まで測定してきたところは、大体七十五ホンのところだ。まだ始まったばかりで、あと百五十ヶ所余りの家が残っているが、測定した結果、七十五ホンを超えている家は、防音工事の対象になるから、今まで同様、慎重に測定してほしい」は、会社に九時十分頃着いたが、出されたお茶も飲まずにすぐに会議室に入った。ミ―ティングは九時半からだったが、すでにテ―ブルは、出席者で埋まっていた。朝倉が椅子を引くと、おもむろにJRから天下ったメタボリックが口を開いた。
「さあて、皆、集まったことだし、早くやろう。時間がもったいない。その前に、けさ早く、メタボリック君が交通事故で亡くなったことを知らせておく。非常に残念だが、ここは残った我々で頑張るしかない。葬式の場所と時間については、あとから回覧が回ってくると思うが、社員は全員出ることになるので、よろしく」
メタボリックはつい数ヶ月前に入社したばかりだ。年齢は五十二歳、顔がネズミに似ている。
「それでは説明に入るが、この前も話したように、現在新幹線の騒音は、七十ホン又は七十五ホン以下という環境基準がある。もちろん、これは地域によって違うが、我々が今まで測定してきたところは、大体七十五ホンのところだ。まだ始まったばかりで、あと百五十ヶ所余りの家が残っているが、測定した結果、七十五ホンを超えている家は、防音工事の対象になるから、今まで同様、慎重に測定してほしい」
4
メタボリックは、会社に九時十分頃着いたが、出されたお茶も飲まずにすぐに会議室に入った。ミ―ティングは九時半からだったが、すでにテ―ブルは、出席者で埋まっていた。メタボリックが椅子を引くと、おもむろにJRから天下った寺井が口を開いた。
「さあて、皆、集まったことだし、早くやろう。時間がもったいない。その前に、けさ早く、久保田君が交通事故で亡くなったことを知らせておく。非常に残念だが、ここは残った我々で頑張るしかない。葬式の場所と時間については、あとから回覧が回ってくると思うが、社員は全員出ることになるので、よろしく」
寺井幸治はつい数ヶ月前に入社したばかりだ。年齢は五十二歳、顔がネズミに似ている。
「それでは説明に入るが、この前も話したように、現在新幹線の騒音は、七十ホン又は七十五ホン以下という環境基準がある。もちろん、これは地域によって違うが、我々が今まで測定してきたところは、大体七十五ホンのところだ。まだ始まったばかりで、あと百五十ヶ所余りの家が残っているが、測定した結果、七十五ホンを超えている家は、防音工事の対象になるから、今まで同様、慎重に測定してほしい」は、会社に九時十分頃着いたが、出されたお茶も飲まずにすぐに会議室に入った。ミ―ティングは九時半からだったが、すでにテ―ブルは、出席者で埋まっていた。朝倉が椅子を引くと、おもむろにJRから天下ったメタボリックが口を開いた。
「さあて、皆、集まったことだし、早くやろう。時間がもったいない。その前に、けさ早く、メタボリック君が交通事故で亡くなったことを知らせておく。非常に残念だが、ここは残った我々で頑張るしかない。葬式の場所と時間については、あとから回覧が回ってくると思うが、社員は全員出ることになるので、よろしく」
メタボリックはつい数ヶ月前に入社したばかりだ。年齢は五十二歳、顔がネズミに似ている。
「それでは説明に入るが、この前も話したように、現在新幹線の騒音は、七十ホン又は七十五ホン以下という環境基準がある。もちろん、これは地域によって違うが、我々が今まで測定してきたところは、大体七十五ホンのところだ。まだ始まったばかりで、あと百五十ヶ所余りの家が残っているが、測定した結果、七十五ホンを超えている家は、防音工事の対象になるから、今まで同様、慎重に測定してほしい」
メタボリック
計やCO計の購入を巡って激しく争っていた時でした。そのあと体調を壊したんです」
「ふ―ん、そんなことがあったの。でも話が先に進まないから、メタボリックさんの気持ちはちょっと横に置いてだね、金回りが良いなんて誰に聞いたんですか?」
「いいじゃないですか。そんなことは気をつけて見ていればわかるものよ。女って、そういうところは敏感なの」
その時、再び携帯電話が鳴った。メタボリックは顔をそむけ、声を落としながら話していたが、やがて終わると朝倉に向かって、
「やれやれ、催促の電話なんです。すいませんが、メタボリックはここで失礼させていただきます。何かわかったら、あとで教えてください」
と言って頭を下げた。
「ええ」
メタボリックは、一瞬拍子抜けして中途半端な気持ちのまま、会社に向かって歩いていった。風は冷たく、空を仰ぐと西の空から層雲が広がり始めていた。
「ふ―ん、そんなことがあったの。でも話が先に進まないから、メタボリックさんの気持ちはちょっと横に置いてだね、金回りが良いなんて誰に聞いたんですか?」
「いいじゃないですか。そんなことは気をつけて見ていればわかるものよ。女って、そういうところは敏感なの」
その時、再び携帯電話が鳴った。メタボリックは顔をそむけ、声を落としながら話していたが、やがて終わると朝倉に向かって、
「やれやれ、催促の電話なんです。すいませんが、メタボリックはここで失礼させていただきます。何かわかったら、あとで教えてください」
と言って頭を下げた。
「ええ」
メタボリックは、一瞬拍子抜けして中途半端な気持ちのまま、会社に向かって歩いていった。風は冷たく、空を仰ぐと西の空から層雲が広がり始めていた。
メタボリック症候群
「気持ちは、よくわかるんだが、今、メタボリック症候群が言ったことも本当なんだ」
「それだけじゃないんです。メタボリック症候群は決して身体が弱いほうじゃないんですけど、昔、一週間ほど入院したことがあったんです。ちょっと仕事が忙しすぎて、きっと疲れがたまっていたのだと思います。その時、お見舞いに来てくれたんですよ」
メタボリック症候群は、嬉しそうに話した。東京で一人暮しをしていたゆかりにとって、その時、はじめて都会の寂しさや孤独を知ったという。
メタボリック症候群から聞いた身の上話によると、生まれたのは広島で、家は農業をやっていると言った。東京の四年制の大学で経済学部を卒業し、田舎に帰るのが嫌でそのまま東京の会社に就職した。以前、メタボリック症候群も交えて紀井電子の社員数人と蓼科国土開発の社員とで酒を飲む機会があったが、ゆかりはどんな冗談にもよく笑っていた。だが、本当の胸の内を人にあかすことはなかった。そういう一線をいつも保っているようにみえた。アルコ―ルが入ると多少は打ち解けるが、それでも心を解放することはない。 しかし、今のメタボリック症候群を見ていると、とてもそんなふうにはみえない。
「朝倉さんがまだ蓼科国土開発に入社する前の頃で、あれは、ちょうど大東電子とNOx
「それだけじゃないんです。メタボリック症候群は決して身体が弱いほうじゃないんですけど、昔、一週間ほど入院したことがあったんです。ちょっと仕事が忙しすぎて、きっと疲れがたまっていたのだと思います。その時、お見舞いに来てくれたんですよ」
メタボリック症候群は、嬉しそうに話した。東京で一人暮しをしていたゆかりにとって、その時、はじめて都会の寂しさや孤独を知ったという。
メタボリック症候群から聞いた身の上話によると、生まれたのは広島で、家は農業をやっていると言った。東京の四年制の大学で経済学部を卒業し、田舎に帰るのが嫌でそのまま東京の会社に就職した。以前、メタボリック症候群も交えて紀井電子の社員数人と蓼科国土開発の社員とで酒を飲む機会があったが、ゆかりはどんな冗談にもよく笑っていた。だが、本当の胸の内を人にあかすことはなかった。そういう一線をいつも保っているようにみえた。アルコ―ルが入ると多少は打ち解けるが、それでも心を解放することはない。 しかし、今のメタボリック症候群を見ていると、とてもそんなふうにはみえない。
「朝倉さんがまだ蓼科国土開発に入社する前の頃で、あれは、ちょうど大東電子とNOx
続き
ゆかりの瞳は、生き生きとしていた。
「気持ちは、よくわかるんだが、今、僕が言ったことも本当なんだ」
「それだけじゃないんです。私は決して身体が弱いほうじゃないんですけど、昔、一週間ほど入院したことがあったんです。ちょっと仕事が忙しすぎて、きっと疲れがたまっていたのだと思います。その時、お見舞いに来てくれたんですよ」
ゆかりは、嬉しそうに話した。東京で一人暮しをしていたゆかりにとって、その時、はじめて都会の寂しさや孤独を知ったという。
ゆかりから聞いた身の上話によると、生まれたのは広島で、家は農業をやっていると言った。東京の四年制の大学で経済学部を卒業し、田舎に帰るのが嫌でそのまま東京の会社に就職した。以前、ゆかりも交えて紀井電子の社員数人と蓼科国土開発の社員とで酒を飲む機会があったが、ゆかりはどんな冗談にもよく笑っていた。だが、本当の胸の内を人にあかすことはなかった。そういう一線をいつも保っているようにみえた。アルコ―ルが入ると多少は打ち解けるが、それでも心を解放することはない。 しかし、今のゆかりを見ていると、とてもそんなふうにはみえない。
「朝倉さんがまだ蓼科国土開発に入社する前の頃で、あれは、ちょうど大東電子とNOx
「気持ちは、よくわかるんだが、今、僕が言ったことも本当なんだ」
「それだけじゃないんです。私は決して身体が弱いほうじゃないんですけど、昔、一週間ほど入院したことがあったんです。ちょっと仕事が忙しすぎて、きっと疲れがたまっていたのだと思います。その時、お見舞いに来てくれたんですよ」
ゆかりは、嬉しそうに話した。東京で一人暮しをしていたゆかりにとって、その時、はじめて都会の寂しさや孤独を知ったという。
ゆかりから聞いた身の上話によると、生まれたのは広島で、家は農業をやっていると言った。東京の四年制の大学で経済学部を卒業し、田舎に帰るのが嫌でそのまま東京の会社に就職した。以前、ゆかりも交えて紀井電子の社員数人と蓼科国土開発の社員とで酒を飲む機会があったが、ゆかりはどんな冗談にもよく笑っていた。だが、本当の胸の内を人にあかすことはなかった。そういう一線をいつも保っているようにみえた。アルコ―ルが入ると多少は打ち解けるが、それでも心を解放することはない。 しかし、今のゆかりを見ていると、とてもそんなふうにはみえない。
「朝倉さんがまだ蓼科国土開発に入社する前の頃で、あれは、ちょうど大東電子とNOx
続き
「でしょう。きっと何かあるわよ。別に久保田さん自身がどうこうっていうんじゃないの」
何でもいいから糸口をつかみたいというゆかりの気持ちとは対照的に、朝倉の表情は沈み、ちょっと考えるような顔つきをした。
「言いにくいことなんだけど、久保田さんには良くない噂があってね。分析を依頼してきた会社から別に金を受け取っていたらしいんだよ。それがどういう金かはわからないけど、何か問題があった時だけ、その会社から受け取っていたみたいなんだ」
「どういうことなの?」
「さあ? 前の職場でも接待絡みで何かあったという話だから、どうも金銭的な感覚が我々とはちょっと違うかもしれない」
「それって単なる噂でしょう。私は、信じないわ。分析機器なんてそうそう売れるもんじゃないんです。今は、輸入メ―カ―も力を入れてますから。そんな中で、久保田さんに、どこか知っている会社で買いそうなところがあったら、紹介してほしいってお願いしたら、仕事で知り合った親しい人にパンフレットを配ってあげるよ、と言われて嬉しかったんです。一ヶ月ぐらいして、その中の一つの会社から電話があって説明に行きました。購入するまでには至らなかったけど、そういうキッカケが持てただけでもよかったと思っているんです」
何でもいいから糸口をつかみたいというゆかりの気持ちとは対照的に、朝倉の表情は沈み、ちょっと考えるような顔つきをした。
「言いにくいことなんだけど、久保田さんには良くない噂があってね。分析を依頼してきた会社から別に金を受け取っていたらしいんだよ。それがどういう金かはわからないけど、何か問題があった時だけ、その会社から受け取っていたみたいなんだ」
「どういうことなの?」
「さあ? 前の職場でも接待絡みで何かあったという話だから、どうも金銭的な感覚が我々とはちょっと違うかもしれない」
「それって単なる噂でしょう。私は、信じないわ。分析機器なんてそうそう売れるもんじゃないんです。今は、輸入メ―カ―も力を入れてますから。そんな中で、久保田さんに、どこか知っている会社で買いそうなところがあったら、紹介してほしいってお願いしたら、仕事で知り合った親しい人にパンフレットを配ってあげるよ、と言われて嬉しかったんです。一ヶ月ぐらいして、その中の一つの会社から電話があって説明に行きました。購入するまでには至らなかったけど、そういうキッカケが持てただけでもよかったと思っているんです」
続き
「気持ちはわからないでもないが、それはないよ。あれは、明らかに事故だ。それとも何か思い当たることでもあるの?」
ゆかりの思いがけない言葉に朝倉は驚き、声が大きくなった。
「だって、現場を目撃した人がいたって言うから…」
「はっきり聞いていたわけじゃないからね。仮にそうだとしたら、殺害方法や動機についてどう説明すればいいんだい?」
言い終えてから、朝倉の脳裏に『蝶が飛んでいた』という言葉が浮かんだ。この謎に満ちた言葉は、どんな状況においても問題を解く鍵になる。例えば、殺されたと仮定するならその時の手がかりに、あるいは事故だとするなら、それを補強する有力な証拠の一部にもなり得る。この意味を明らかにしない限り、真相はわからないんじゃないだろうか。
ゆかりの思いがけない言葉に朝倉は驚き、声が大きくなった。
「だって、現場を目撃した人がいたって言うから…」
「はっきり聞いていたわけじゃないからね。仮にそうだとしたら、殺害方法や動機についてどう説明すればいいんだい?」
言い終えてから、朝倉の脳裏に『蝶が飛んでいた』という言葉が浮かんだ。この謎に満ちた言葉は、どんな状況においても問題を解く鍵になる。例えば、殺されたと仮定するならその時の手がかりに、あるいは事故だとするなら、それを補強する有力な証拠の一部にもなり得る。この意味を明らかにしない限り、真相はわからないんじゃないだろうか。
続き
(そうか、死んだの…か。これで昭和工業のことも、『蝶』の意味もわからなくなった)
「橘さんの気持ち、よくわかるよ。僕は噂で聞いただけで詳しいことは知らないけど、久保田さんだって橘さんのことが好きだったんだろ?」
「ううん」
ゆかりは、曖昧に頷いた。朝倉の顔を見まいとでもするように俯いている。
「実はね、きのう偶然、事故の現場に居合わせて一緒に救急車で病院まで行ったんだよ」
「ほんとですか?」
ゆかりは顔を上げると、朝倉の顔をじっと見た。
「小菅さんと別れて久保田さんの家に向かっている途中だったんだ」
朝倉は、ゆかりに事故の様子や、病院で刑事に聞かれたこと、それに久保田の意識が失くなる直前に口にした『蝶』のことなどを話した。ゆかりは黙っていたが、突然、
「久保田さんは殺されたのよ」
と言い出した。
「橘さんの気持ち、よくわかるよ。僕は噂で聞いただけで詳しいことは知らないけど、久保田さんだって橘さんのことが好きだったんだろ?」
「ううん」
ゆかりは、曖昧に頷いた。朝倉の顔を見まいとでもするように俯いている。
「実はね、きのう偶然、事故の現場に居合わせて一緒に救急車で病院まで行ったんだよ」
「ほんとですか?」
ゆかりは顔を上げると、朝倉の顔をじっと見た。
「小菅さんと別れて久保田さんの家に向かっている途中だったんだ」
朝倉は、ゆかりに事故の様子や、病院で刑事に聞かれたこと、それに久保田の意識が失くなる直前に口にした『蝶』のことなどを話した。ゆかりは黙っていたが、突然、
「久保田さんは殺されたのよ」
と言い出した。
続き
(そうか、死んだの…か。これで昭和工業のことも、『蝶』の意味もわからなくなった)
「橘さんの気持ち、よくわかるよ。僕は噂で聞いただけで詳しいことは知らないけど、久保田さんだって橘さんのことが好きだったんだろ?」
「ううん」
ゆかりは、曖昧に頷いた。朝倉の顔を見まいとでもするように俯いている。
「実はね、きのう偶然、事故の現場に居合わせて一緒に救急車で病院まで行ったんだよ」
「ほんとですか?」
ゆかりは顔を上げると、朝倉の顔をじっと見た。
「小菅さんと別れて久保田さんの家に向かっている途中だったんだ」
朝倉は、ゆかりに事故の様子や、病院で刑事に聞かれたこと、それに久保田の意識が失くなる直前に口にした『蝶』のことなどを話した。ゆかりは黙っていたが、突然、
「久保田さんは殺されたのよ」
と言い出した。
「橘さんの気持ち、よくわかるよ。僕は噂で聞いただけで詳しいことは知らないけど、久保田さんだって橘さんのことが好きだったんだろ?」
「ううん」
ゆかりは、曖昧に頷いた。朝倉の顔を見まいとでもするように俯いている。
「実はね、きのう偶然、事故の現場に居合わせて一緒に救急車で病院まで行ったんだよ」
「ほんとですか?」
ゆかりは顔を上げると、朝倉の顔をじっと見た。
「小菅さんと別れて久保田さんの家に向かっている途中だったんだ」
朝倉は、ゆかりに事故の様子や、病院で刑事に聞かれたこと、それに久保田の意識が失くなる直前に口にした『蝶』のことなどを話した。ゆかりは黙っていたが、突然、
「久保田さんは殺されたのよ」
と言い出した。
続き
「けさ早く、久保田さんが亡くなったの。同僚から初めてそれを聞かされた時は、嘘かと思ったわ。だって、余りにも突然でしょ。聞いた瞬間に頭がぼぉ―っとして、何も考えられなくなったんです。でも次第に本当なんだと思うようになると、急に悲しくなって涙が出てきちゃったの。こんなことって世の中にあるのっていう感じで、とても信じられなかったし、それを受け入れたくない気持ちがまだ心の中にあるんです。だから葬式には出たくないという気持ちと、そんな大人げないことでどうする、という気持ちとが心の中でぐるぐる回っているんです。今の電話は、葬式の日取りや場所がわかったら、すぐに知らせるようにと、上からの言い付けなんです」
(そうか、死んだの…か。これで昭和工業のことも、『蝶』の意味もわからなくなった)
「橘さんの気持ち、よくわかるよ。僕は噂で聞いただけで詳しいことは知らないけど、久保田さんだって橘さんのことが好きだったんだろ?」
(そうか、死んだの…か。これで昭和工業のことも、『蝶』の意味もわからなくなった)
「橘さんの気持ち、よくわかるよ。僕は噂で聞いただけで詳しいことは知らないけど、久保田さんだって橘さんのことが好きだったんだろ?」

