過去の日記
映画「秋津温泉」を見て(2006年1月)
若い頃の、岡田茉莉子主演の映画を見た。
いい俳優というのは、声があまり良くない。この女優も決していい声とは言えないが、存在感がある。
しかし、それは中村玉緒とは、またちょっと違った存在感である。
いい俳優というのは、声があまり良くない。この女優も決していい声とは言えないが、存在感がある。
しかし、それは中村玉緒とは、またちょっと違った存在感である。
suteru1 at 16:39

映画「人間の壁」を見て
東京、池袋にある「新文芸座」で一日限りの映画「人間の壁」を見た。
原作は、石川達三。石川達三の文庫では、上中下の3冊だったような記憶がある。
もう昔のことである。今、書店で石川達三の文庫が置いてあるのかも知らない。
映画の制作は、1959年だが、人が置かれている社会的な構図は、現在と変わっていないのではないかと思った。
結局、人というのは、それほど進歩がないということかもしれない。
原作は、石川達三。石川達三の文庫では、上中下の3冊だったような記憶がある。
もう昔のことである。今、書店で石川達三の文庫が置いてあるのかも知らない。
映画の制作は、1959年だが、人が置かれている社会的な構図は、現在と変わっていないのではないかと思った。
結局、人というのは、それほど進歩がないということかもしれない。
suteru1 at 16:34

「Uボ−ト 最後の決断」を見て
きょうは、「Uボ−ト 最後の決断」を見に行った。朝早く行って、それからの時間を有効に使おうと思ったので、初回の時間で見ました。
潜水艦映画にハズレなしとは言うけれど、ほんとにその通りだと思った。
潜水艦という限定された場所での物語なので、内容的に間延びするところがない。常に臨場感溢れる作りとなっている。
この作品も、そうだった。簡単な戦闘シ−ンもあるけど、コンパクトに描いている。必要以上に描いていないところが良い。
これは主題を大事にし、そのために余分となるところは必要以上に描かないという姿勢だと思う。そういうところがこの作品を締めているのだと思った。
潜水艦映画にハズレなしとは言うけれど、ほんとにその通りだと思った。
潜水艦という限定された場所での物語なので、内容的に間延びするところがない。常に臨場感溢れる作りとなっている。
この作品も、そうだった。簡単な戦闘シ−ンもあるけど、コンパクトに描いている。必要以上に描いていないところが良い。
これは主題を大事にし、そのために余分となるところは必要以上に描かないという姿勢だと思う。そういうところがこの作品を締めているのだと思った。
suteru1 at 16:27

再び映画と本
「テアトル新宿」で再び市川雷蔵の映画を見た。「大菩薩峠」である。
これを本で読むとなると相当に長いし、もともと時代小説は読まないので、映画を見て、そういう内容だったのかと思った。
映画のセットが、よく作られているなぁと感心した。士農工商の頂点に立つ武士階級なんだけど、浪人という存在もある。
現代は、階級制度がなくなりそういう大きな枠がないんだけれど、武士の時代の物語の存在感というのは頂点に位置するからかなぁと思う。
今に置き換えると、殺しの武器を持った警官が町にうようよして、何かあれば、殺人も許可されていて、階級も一番上。
これは軍事政権だな。最近は、短編をよく読む。早川ポケミスの「最後の一びん」を買った。(土偏のビンという字が変換候補として出ないのは、どういうこっちゃ)
これを本で読むとなると相当に長いし、もともと時代小説は読まないので、映画を見て、そういう内容だったのかと思った。
映画のセットが、よく作られているなぁと感心した。士農工商の頂点に立つ武士階級なんだけど、浪人という存在もある。
現代は、階級制度がなくなりそういう大きな枠がないんだけれど、武士の時代の物語の存在感というのは頂点に位置するからかなぁと思う。
今に置き換えると、殺しの武器を持った警官が町にうようよして、何かあれば、殺人も許可されていて、階級も一番上。
これは軍事政権だな。最近は、短編をよく読む。早川ポケミスの「最後の一びん」を買った。(土偏のビンという字が変換候補として出ないのは、どういうこっちゃ)
suteru1 at 16:17

市川雷蔵の映画
今年は最後に市川雷蔵の映画を見れて良かった。
小さい頃少しだけ見た時は、美しさの中に何となく影があり、というよりも、眠狂四郎のエロチィズムだけが気になって寝付けなかったものだった。
しかし、今は役者としての市川雷蔵の姿を見てみたいと思い、関心のある映画を見たわけだが、映画館はいつも満員だった。中には、立ち見が出るくらいだった。
市川雷蔵のような役者は、今はいない。自分と同じ気持ちで映画を見る人は、多いのではないだろうか。
決して懐古趣味ではなく、本当に後世にいつまでも残る役者の映画を見たい、と思うのは、私だけではないと思う。
その市川雷蔵の映画が、新春一月十五日からテアトル新宿で再上映されると聞いて、見逃した「大菩薩峠 竜神の巻」「大菩薩峠 完結編」を是非見たいと思う。
小さい頃少しだけ見た時は、美しさの中に何となく影があり、というよりも、眠狂四郎のエロチィズムだけが気になって寝付けなかったものだった。
しかし、今は役者としての市川雷蔵の姿を見てみたいと思い、関心のある映画を見たわけだが、映画館はいつも満員だった。中には、立ち見が出るくらいだった。
市川雷蔵のような役者は、今はいない。自分と同じ気持ちで映画を見る人は、多いのではないだろうか。
決して懐古趣味ではなく、本当に後世にいつまでも残る役者の映画を見たい、と思うのは、私だけではないと思う。
その市川雷蔵の映画が、新春一月十五日からテアトル新宿で再上映されると聞いて、見逃した「大菩薩峠 竜神の巻」「大菩薩峠 完結編」を是非見たいと思う。
suteru1 at 16:06

映画「山猫」、「隠し剣 鬼の爪」を見た
机の前に座り、パソコンの画面を見つめ、じっと、今、書いている縦書きの文章を見る。
すると場面が頭の中に浮かび上がり、登場人物同士の会話や地の文が浮かんでくる。時間が許される時まで、そうして書いている。
食事や風呂に入る時は、中断せざるを得ない。友達は、ほとんどいない。それがいいのか悪いのかはわからない。
寂しいのか寂しくないのかもわからない。会話できる相手が一人いればそれでいいのかもしれない。
最近は、小説を読むことに安らぎを覚える。人と長く話さないでいると、人間は精神的におかしくなるようだから、今、言ったように、そういう人が一人いればいいのかもしれない。
長い間、そういう生活をしてきた。もう慣れてしまった。だから友達は、ほとんどいない。煩わされることが何もない。
小説を書きながら、言葉を紡ぐ。対話をしているようなものである。
すると場面が頭の中に浮かび上がり、登場人物同士の会話や地の文が浮かんでくる。時間が許される時まで、そうして書いている。
食事や風呂に入る時は、中断せざるを得ない。友達は、ほとんどいない。それがいいのか悪いのかはわからない。
寂しいのか寂しくないのかもわからない。会話できる相手が一人いればそれでいいのかもしれない。
最近は、小説を読むことに安らぎを覚える。人と長く話さないでいると、人間は精神的におかしくなるようだから、今、言ったように、そういう人が一人いればいいのかもしれない。
長い間、そういう生活をしてきた。もう慣れてしまった。だから友達は、ほとんどいない。煩わされることが何もない。
小説を書きながら、言葉を紡ぐ。対話をしているようなものである。
suteru1 at 15:54

銀座の和光裏で(2004年11月)
市川雷蔵祭を見た。この映画館で映画を見るのは、本当に久し振りだった。昔は、ロ−マの休日」等、古い映画がよく上映されていた時があった。
その時は、よく見に行ったものだった。
外まで長い行列ができていて、何となく立ち見かなと思っていたら、係の人が回ってきて、座って見れますとのこと。まずは、安心。
外で待っていても、今年も暖冬なのかな、そんなに寒くないので、全然平気だった。
最近は、とんと作家の会合に出なくなってしまった。
小説よりも、ビジネス作家達なんだけど、自己宣伝は凄いね。フリ−で仕事をしている人達ばかりだから、売り込みも凄い。
僕は、ビジネス本は書けないので、将来のためかな。そういえば、映画出演者の募集をしていたな。時間があれば、自分も応募したかった。
その時は、よく見に行ったものだった。
外まで長い行列ができていて、何となく立ち見かなと思っていたら、係の人が回ってきて、座って見れますとのこと。まずは、安心。
外で待っていても、今年も暖冬なのかな、そんなに寒くないので、全然平気だった。
最近は、とんと作家の会合に出なくなってしまった。
小説よりも、ビジネス作家達なんだけど、自己宣伝は凄いね。フリ−で仕事をしている人達ばかりだから、売り込みも凄い。
僕は、ビジネス本は書けないので、将来のためかな。そういえば、映画出演者の募集をしていたな。時間があれば、自分も応募したかった。
suteru1 at 15:46

映画「白夜」を見て
ヴィスコンティ映画祭が、10月8日から18日、有楽町朝日ホ−ルで始まった。
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」を見たかったが、上映時間にくじけてしまった。ドストエフスキ−の「白夜」を見た。男が必死になって女を口説こうとしている心情がよく出ていた。
何かワケありな男性が女を一人残して、1年後に同じ場所で会うことを約束して、女のもとを去ってしまう。
マストロヤンニは、それは男が女から離れる常套手段だと言って、待つことはナンセンスだと言う。
だが女は約束した男の言葉を信じて疑わない。しかし、ラスト場面。
果たしてドストエフスキ−は、信じることの大切さを言いたかったのか、それとも人を好きになることの辛さを言いたかったのだろうか。
「山猫」は、前売り券を買ってきた。3時間ぐらいの作品だ。
「異邦人」は、見ようか止めようか迷っている。
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」を見たかったが、上映時間にくじけてしまった。ドストエフスキ−の「白夜」を見た。男が必死になって女を口説こうとしている心情がよく出ていた。
何かワケありな男性が女を一人残して、1年後に同じ場所で会うことを約束して、女のもとを去ってしまう。
マストロヤンニは、それは男が女から離れる常套手段だと言って、待つことはナンセンスだと言う。
だが女は約束した男の言葉を信じて疑わない。しかし、ラスト場面。
果たしてドストエフスキ−は、信じることの大切さを言いたかったのか、それとも人を好きになることの辛さを言いたかったのだろうか。
「山猫」は、前売り券を買ってきた。3時間ぐらいの作品だ。
「異邦人」は、見ようか止めようか迷っている。
suteru1 at 15:44

綾小路きみまろの漫談
綾小路きみまろの毒舌漫談を聞きに行った。場所は、幕張プリンスホテル。
「海浜幕張」駅で下車したが、目に見えるのは、ホテルニュ−オオタニ。一体、幕張プリンスホテルはどこかと思っていたら、ホテルニュ−オオタニの裏というか、隠れて見えなかった。
それほどホテルニュ−オオタニは、高さもあり、横にも広いホテルだった。
綾小路きみまろの前座を務めたのは、歌手の千葉マリア。ヒット曲に恵まれず、知名度がないので、どうもピンとこなかった。
毒舌漫談に入った途端に、会場の人々の全員が最初から最後まで笑いこけていた。それほどおかしい漫談である。
一度ライブで見たいと思っていたので、良かったと思う。
「海浜幕張」駅で下車したが、目に見えるのは、ホテルニュ−オオタニ。一体、幕張プリンスホテルはどこかと思っていたら、ホテルニュ−オオタニの裏というか、隠れて見えなかった。
それほどホテルニュ−オオタニは、高さもあり、横にも広いホテルだった。
綾小路きみまろの前座を務めたのは、歌手の千葉マリア。ヒット曲に恵まれず、知名度がないので、どうもピンとこなかった。
毒舌漫談に入った途端に、会場の人々の全員が最初から最後まで笑いこけていた。それほどおかしい漫談である。
一度ライブで見たいと思っていたので、良かったと思う。
suteru1 at 15:27

郵便配達は二度ベルを鳴らす
ヴィスコンティ映画祭が、10月8日から18日、有楽町朝日ホ−ルで始まる。
「山猫」は、特別に、10月下旬からテアトル系映画館で、ロ−ドショ−が始まる。
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」や「異邦人」は、テレビで昔見た記憶がある。もう一度映画館で見たいと思う。
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」の作者であるジェ−ムズケインは好きな作家の一人である。この人の作品は他にも読んだが、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」が一番良かった。
今、書いている「死者の結婚式」には、毒物殺人の場面があるが、今までに小説で扱われていない毒物を描いた。
身近なところに意外な毒物が潜んでいるものである。
「山猫」は、特別に、10月下旬からテアトル系映画館で、ロ−ドショ−が始まる。
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」や「異邦人」は、テレビで昔見た記憶がある。もう一度映画館で見たいと思う。
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」の作者であるジェ−ムズケインは好きな作家の一人である。この人の作品は他にも読んだが、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」が一番良かった。
今、書いている「死者の結婚式」には、毒物殺人の場面があるが、今までに小説で扱われていない毒物を描いた。
身近なところに意外な毒物が潜んでいるものである。
suteru1 at 15:17

映画「半落ち」を見た
映画「半落ち」を見た。作者が映画の中に出ていた。「砂の器」と同じように人間の命とは何か、というテ−マに取り組んだ作品だと思った。
「半落ち」のほうが、より純文学的だったかもしれない。すでに犯行については、推理の余地はなく、犯行後の2日間の問題が、焦点だった。
「砂の器」は、推理小説的な要素を残しながら、純文学的な要素を盛り込んだ作品だった。ただ、どちらの作品も、人間の生命に対する深い問いかけがあったように思う。
リアリティのある作品だった。あんなに仲の良い夫婦なんかいないって言う人がいたけど、僕は、いると思う。
夫婦仲が良いか悪いかは、いかに現実の生活に押しつぶされているかいないかだと思う。あまりにも生活に追われた日々を送っていると、精神的にゆとりのある心が持てなくなってしまう。
そういう状態では、夫婦仲だけではなく、他のことまでもが必然的に悪い方へ回転し始めるものだと僕は思う。
「半落ち」のほうが、より純文学的だったかもしれない。すでに犯行については、推理の余地はなく、犯行後の2日間の問題が、焦点だった。
「砂の器」は、推理小説的な要素を残しながら、純文学的な要素を盛り込んだ作品だった。ただ、どちらの作品も、人間の生命に対する深い問いかけがあったように思う。
リアリティのある作品だった。あんなに仲の良い夫婦なんかいないって言う人がいたけど、僕は、いると思う。
夫婦仲が良いか悪いかは、いかに現実の生活に押しつぶされているかいないかだと思う。あまりにも生活に追われた日々を送っていると、精神的にゆとりのある心が持てなくなってしまう。
そういう状態では、夫婦仲だけではなく、他のことまでもが必然的に悪い方へ回転し始めるものだと僕は思う。
suteru1 at 15:02

江戸川乱歩を訪ねて(2004年8月)
8月19日から一週間、乱歩が書斎にしていた土蔵が公開されるので見に行ってきます。
東武百貨店では、同時に展示会もあるので、そちらも行ってくる。「死者の結婚式」は、少しずつ進んでいる。
友達が早く見たいと言っているが、他に仕事を持っているので、なかなか書く速度が遅い。
だいぶ前になるが、「死者は眠らない」は、角川書店のNext賞のC評価だった。この時の教訓を生かすために、今、「死者の結婚式」を書いている。
東武百貨店では、同時に展示会もあるので、そちらも行ってくる。「死者の結婚式」は、少しずつ進んでいる。
友達が早く見たいと言っているが、他に仕事を持っているので、なかなか書く速度が遅い。
だいぶ前になるが、「死者は眠らない」は、角川書店のNext賞のC評価だった。この時の教訓を生かすために、今、「死者の結婚式」を書いている。
suteru1 at 14:54

広大な宇宙
喜多郎の「シンキング・オブ・ユ−」や、「恋慕」を聞いていると広大な宇宙を感じさせる。くだらない毎日の生活から解放してくれる。
美しくも純粋な旋律を聴いていると、何やら力が沸いてくる。長い冬の寒さに耐え、暖かな春の陽射しに向かって、まさしく今飛翔しようとしている若い鳥たちのように。
こういう音楽を聴きながら、自分を励まし、自分に負けまいとして自分を励まし、自分に勇気を与えようとしている。
何故なら、自分を信じ、自分を励ますことが出来るのは、自分自身しかいないからである。
人は、自分を救ってはくれない。本当に自分を救えるのは自分自身しかいない。
美しくも純粋な旋律を聴いていると、何やら力が沸いてくる。長い冬の寒さに耐え、暖かな春の陽射しに向かって、まさしく今飛翔しようとしている若い鳥たちのように。
こういう音楽を聴きながら、自分を励まし、自分に負けまいとして自分を励まし、自分に勇気を与えようとしている。
何故なら、自分を信じ、自分を励ますことが出来るのは、自分自身しかいないからである。
人は、自分を救ってはくれない。本当に自分を救えるのは自分自身しかいない。
suteru1 at 14:43

黒衣の下の欲望
読みたい本はいろいろあるが、小説も書かなくてはいけないので、とても読む時間がないのが実情。
「黒衣の下の欲望」という本も買ってきたけどまだ読んでいない。内容をパラパラっと見たけど、なかなか興味のある内容。
こういうことを本音で書くというのは好きだな。自分も書いてみたいと思う。社会的にタブ−というか、否定されている問題に対して、もちろん男と女の性の問題であるが、書きたい欲求はある。
亀山早苗著「男と女…」の本の中で、自分と同じ考えの人を見つけた時は、ヘ−エと思った。
昔、吉行淳之介の本で、「暗室」だったかな。もうタイトルと内容とが一致しないので忘れてしまったが、ああいうことも書きたいと思うけど、表現力が結構必要なので、自分には無理かもしれないと思ってしまう。
純文学は、ある程度の表現力がないと、自分の感性を表現できないような気がする。
「黒衣の下の欲望」という本も買ってきたけどまだ読んでいない。内容をパラパラっと見たけど、なかなか興味のある内容。
こういうことを本音で書くというのは好きだな。自分も書いてみたいと思う。社会的にタブ−というか、否定されている問題に対して、もちろん男と女の性の問題であるが、書きたい欲求はある。
亀山早苗著「男と女…」の本の中で、自分と同じ考えの人を見つけた時は、ヘ−エと思った。
昔、吉行淳之介の本で、「暗室」だったかな。もうタイトルと内容とが一致しないので忘れてしまったが、ああいうことも書きたいと思うけど、表現力が結構必要なので、自分には無理かもしれないと思ってしまう。
純文学は、ある程度の表現力がないと、自分の感性を表現できないような気がする。
suteru1 at 14:32

預金封鎖は行われるか
「預金封鎖」という本を書いた副島先生の講演を聴きに行った。場所は、JAビル9Fのホ−ルだった。
産経新聞社のビルの前だが、大手町界隈に慣れていないと、皆、似たような建物なので、戸惑ってしまう。開演15分前に着いたが、すでに多くの人で埋まっていた。
大体、年齢層としては50代から70代の人が多かったように思う。こういう話はお金があるなしに関係なく、聞いておいた方がいいと思う。
何故なら、日本の将来にとって、政治、外交、経済はどのような本音の部分で動いているかがわかるからである。
講師が誰かということも大事である。単なる評論家なら聞いても仕方がない。選ばなければならない。
副島先生は、怒りがベ−スになっている。日本の政治家のアホらしさ。日本の新聞の真実を書かないアホらしさ。このことは、ベンジャミン・フルフォ−ドのリポ−トである「日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日」「ヤクザ・リセッション」「泥棒国家の完成」を見ても明らかである。
日本の新聞は、真実を書こうとしない。書けば命を狙われる危険があるからである。
夢破れて山河あり、ではないが、諦めからは何も生まれないということか。
産経新聞社のビルの前だが、大手町界隈に慣れていないと、皆、似たような建物なので、戸惑ってしまう。開演15分前に着いたが、すでに多くの人で埋まっていた。
大体、年齢層としては50代から70代の人が多かったように思う。こういう話はお金があるなしに関係なく、聞いておいた方がいいと思う。
何故なら、日本の将来にとって、政治、外交、経済はどのような本音の部分で動いているかがわかるからである。
講師が誰かということも大事である。単なる評論家なら聞いても仕方がない。選ばなければならない。
副島先生は、怒りがベ−スになっている。日本の政治家のアホらしさ。日本の新聞の真実を書かないアホらしさ。このことは、ベンジャミン・フルフォ−ドのリポ−トである「日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日」「ヤクザ・リセッション」「泥棒国家の完成」を見ても明らかである。
日本の新聞は、真実を書こうとしない。書けば命を狙われる危険があるからである。
夢破れて山河あり、ではないが、諦めからは何も生まれないということか。
suteru1 at 14:23

読書をしている
最近は、電車の中とか、移動中に時間があると、西村京太郎の、十津川警部「裏切り」を読んでいる。
しかし読みやすい文章である。それでいて、少しずつ謎が深まるような構成になっている。少し軽いかなと思うのだが、移動中に読む読み物としては、最適かもしれない。
特に記憶に残るという内容でもない。むしろ海の推理小説のほうが記憶に残る作品が多い。重厚のような気がする。
今日は、二時間ほどチラシを撒いた。日曜日の朝だったので、人も少なくやりやすかった。
十時までに終了するようにすると、あまり人に会うこともなくやりやすかった。しかし、東京は住宅が多く、密集しているから、チラシもすぐ無くなった。
田舎のほうだと一戸建てが多くなるから、そうすると家と家との距離が離れていて、チラシを撒くにも時間がかかる。
昼寝をしたかったが、できなかったのが残念だった。
しかし読みやすい文章である。それでいて、少しずつ謎が深まるような構成になっている。少し軽いかなと思うのだが、移動中に読む読み物としては、最適かもしれない。
特に記憶に残るという内容でもない。むしろ海の推理小説のほうが記憶に残る作品が多い。重厚のような気がする。
今日は、二時間ほどチラシを撒いた。日曜日の朝だったので、人も少なくやりやすかった。
十時までに終了するようにすると、あまり人に会うこともなくやりやすかった。しかし、東京は住宅が多く、密集しているから、チラシもすぐ無くなった。
田舎のほうだと一戸建てが多くなるから、そうすると家と家との距離が離れていて、チラシを撒くにも時間がかかる。
昼寝をしたかったが、できなかったのが残念だった。
suteru1 at 14:11

文学フリ−マ−ケットに参加して(2003年11月)
さて、11月3日当日。朝から東京の空はどんよりで、会場は、青山学院大学の前、
子供の城の近くにある青山ブックセンター本店に隣接するカルチャーサロン青山にて行われました。
国連大学の脇道の奥に入ると地下へ進むエスカレーターがあります。
地下2階の場所にブックセンター本店とカルチャーサロン青山があります。入口には大きく「文学フリマ」の入口を示すポスターが貼ってあり良い感じでした。
受付で、参加者章を貰い会場に入りました。会場は一部屋の会場では なく、4つの部屋(A〜D)に別れています。
僕は、「横浜なぎさ書房」さて会場設置だけど、今回は会議机半分の大きさ。ちょっとつまらなかった。1時間ほど準備をしていると会場の主催者から開始にあたっての注意点などの説明がありました。
再び準備を行い、何とか形になったので、事前に準備したチラシを各参加者に配布に行きました。11時から開場。
会場には結構人が来てくれたようですが、どちらかというと参加者、関係者が多かったようです。これもコミケ系イベントにはありがちな形ですね。
僕の隣の参加者は、漫画家の大島弓子が書いたチラシと作家の高橋源一郎の書いたチラシを売っていました。
さすがに知名度のある人は違いますねぇ。全部売り切れていました。取材もいくつかあったようです。本とコンピュ−タの竹中さんが取材に来ていました。
小学館の編集部の人や、他の出版社の編集部の人も来ていました。作品は8冊(電子書籍のおまけつき)の販売ができました。今年も無事に終わりめでたし、めでたし。
子供の城の近くにある青山ブックセンター本店に隣接するカルチャーサロン青山にて行われました。
国連大学の脇道の奥に入ると地下へ進むエスカレーターがあります。
地下2階の場所にブックセンター本店とカルチャーサロン青山があります。入口には大きく「文学フリマ」の入口を示すポスターが貼ってあり良い感じでした。
受付で、参加者章を貰い会場に入りました。会場は一部屋の会場では なく、4つの部屋(A〜D)に別れています。
僕は、「横浜なぎさ書房」さて会場設置だけど、今回は会議机半分の大きさ。ちょっとつまらなかった。1時間ほど準備をしていると会場の主催者から開始にあたっての注意点などの説明がありました。
再び準備を行い、何とか形になったので、事前に準備したチラシを各参加者に配布に行きました。11時から開場。
会場には結構人が来てくれたようですが、どちらかというと参加者、関係者が多かったようです。これもコミケ系イベントにはありがちな形ですね。
僕の隣の参加者は、漫画家の大島弓子が書いたチラシと作家の高橋源一郎の書いたチラシを売っていました。
さすがに知名度のある人は違いますねぇ。全部売り切れていました。取材もいくつかあったようです。本とコンピュ−タの竹中さんが取材に来ていました。
小学館の編集部の人や、他の出版社の編集部の人も来ていました。作品は8冊(電子書籍のおまけつき)の販売ができました。今年も無事に終わりめでたし、めでたし。
suteru1 at 14:01

「小津安二郎」生誕100年記念の映画を見て
「小津安二郎」生誕100年記念の催しとして、現在、37本の映画が順次、東京国立近代美術館フィルムセンタ−で上映されている。
小津作品と言えば、今から約20年前、東京物語」「戸田家の兄妹」を見て印象があったのだが、今回は、全ての作品が上映されるとあって、できる限り見ようと思っている。
今日は、「父ありき」と「戸田家の兄妹」を見た。「戸田家の兄妹」は二回目だったが、もうほとんど忘れていた。
昔の女優も男優も今と違って洗練されている印象を受けた。さすがは、スタ−という感じだった。
今の時代だからこそ、小津作品が余計に華やいで見えるのは自分一人だけだろうか。小津安二郎の映画は、今の映画にありがちな余計な主張は、ほとんどない。
しかし、だからこそ、その中に暗黙のうちにそれらの作品の言いたかったことが、余韻として伝わってくる。
文学とは、何かを考えさせてくれる作品ばかりである。
小津作品と言えば、今から約20年前、東京物語」「戸田家の兄妹」を見て印象があったのだが、今回は、全ての作品が上映されるとあって、できる限り見ようと思っている。
今日は、「父ありき」と「戸田家の兄妹」を見た。「戸田家の兄妹」は二回目だったが、もうほとんど忘れていた。
昔の女優も男優も今と違って洗練されている印象を受けた。さすがは、スタ−という感じだった。
今の時代だからこそ、小津作品が余計に華やいで見えるのは自分一人だけだろうか。小津安二郎の映画は、今の映画にありがちな余計な主張は、ほとんどない。
しかし、だからこそ、その中に暗黙のうちにそれらの作品の言いたかったことが、余韻として伝わってくる。
文学とは、何かを考えさせてくれる作品ばかりである。
suteru1 at 13:57

青山ブックセンタ−での販売
11月3日に青山ブックセンタ−で行われる、文学フリマの販売のための準備をしている。この日は、青山学院大学の大学祭ということもあって、青山ブックセンタ−にも多くの来場者が見込まれる。
去年と同じような感じでやろうと思っている。電子書籍「過去からの弔鐘」と一般書籍「死者は眠らない」をセットで、940円で販売するつもり。
10部しか持参しないので、売れたら、それっきり。去年も10部しか持って行かなかったので、今年もそれくらいで良いと判断。
文学フリマに来る人は、安くて、自分の興味のあるものしか買っていかないので、そう考えると、この940円は高いと思うかもしれないが、これは文庫である「死者は眠らない」の値段。
つまり電子書籍は、タダということになる。この電子書籍、単なるテキストだけにとどまらない。歌手が歌う音楽があり、モデルが写ったビデオ映像がふんだんにあり、ナレ−ションありと、マルチメディア版として作ってある。電子書籍の見本のような推理小説として1999年に作成した。
すでに電子書籍業界では、この作りに感心していたほどだった。毎年行われる東京国際ブックフェアでも、展示販売している。
今回の青山ブックセンタ−では、パソコンを使って、その内容を終日デモとして流しながら、CD-ROMを展示。
一般書籍と一緒に付属して940円で販売。新作「死者の結婚式」CD-ROM版では、モデルと箱根へ行って撮影してきたビデオ映像をふんだんに取り込む予定。
しかし、あくまでも推理小説である。
去年と同じような感じでやろうと思っている。電子書籍「過去からの弔鐘」と一般書籍「死者は眠らない」をセットで、940円で販売するつもり。
10部しか持参しないので、売れたら、それっきり。去年も10部しか持って行かなかったので、今年もそれくらいで良いと判断。
文学フリマに来る人は、安くて、自分の興味のあるものしか買っていかないので、そう考えると、この940円は高いと思うかもしれないが、これは文庫である「死者は眠らない」の値段。
つまり電子書籍は、タダということになる。この電子書籍、単なるテキストだけにとどまらない。歌手が歌う音楽があり、モデルが写ったビデオ映像がふんだんにあり、ナレ−ションありと、マルチメディア版として作ってある。電子書籍の見本のような推理小説として1999年に作成した。
すでに電子書籍業界では、この作りに感心していたほどだった。毎年行われる東京国際ブックフェアでも、展示販売している。
今回の青山ブックセンタ−では、パソコンを使って、その内容を終日デモとして流しながら、CD-ROMを展示。
一般書籍と一緒に付属して940円で販売。新作「死者の結婚式」CD-ROM版では、モデルと箱根へ行って撮影してきたビデオ映像をふんだんに取り込む予定。
しかし、あくまでも推理小説である。
suteru1 at 13:28

モデルのS嬢と神楽坂で
モデルのS嬢と神楽坂で、花火のシ−ンを撮影した。新作の小説用の動画と静止画用に撮影した。
モデルのS嬢は銀座のクラブの若きオ−ナ−で、何かと忙しく、この日は1時間の撮影ということ。
ソニ−のVX2000で撮影。いい映像が撮れたと思う。撮れなかったら、テレビ局の人に頼むからと言われたが、大丈夫だった。
団扇を持った着物姿が印象的だった。少し黒っぽい和服という条件で撮った。動画編集するから、いい映像間違いなし。
撮影後、食事しようかと予定していたが、次の用事のためにS嬢は行ってしまい、残念だった。
モデルのS嬢は銀座のクラブの若きオ−ナ−で、何かと忙しく、この日は1時間の撮影ということ。
ソニ−のVX2000で撮影。いい映像が撮れたと思う。撮れなかったら、テレビ局の人に頼むからと言われたが、大丈夫だった。
団扇を持った着物姿が印象的だった。少し黒っぽい和服という条件で撮った。動画編集するから、いい映像間違いなし。
撮影後、食事しようかと予定していたが、次の用事のためにS嬢は行ってしまい、残念だった。
suteru1 at 13:18

映画「モンパルナスの灯」を見て
今日は池袋の映画館で、ジェラ−ル・フィリップの映画を見た。
アンコ−ル上映作品としては最後の作品である。それまでの作品と比べて、観客の数も多かったように思う。
画家モジリアニの生涯を描いた作品だったからかもしれない。
上映中にフィルムが切れるというハプニングがあったが、そんなこともファンにとっては、許されるというか、余興とさえとってしまうのは、ファンだからかもしれない。
映画が終わって外に出ると、次の映画の上映を待つ多くの観客で、玄関が溢れかえっていた。
その中には、「ト−ク・トゥ・ハ−」もあったが、僕はああいう映画は見る気がしない。
アンコ−ル上映作品としては最後の作品である。それまでの作品と比べて、観客の数も多かったように思う。
画家モジリアニの生涯を描いた作品だったからかもしれない。
上映中にフィルムが切れるというハプニングがあったが、そんなこともファンにとっては、許されるというか、余興とさえとってしまうのは、ファンだからかもしれない。
映画が終わって外に出ると、次の映画の上映を待つ多くの観客で、玄関が溢れかえっていた。
その中には、「ト−ク・トゥ・ハ−」もあったが、僕はああいう映画は見る気がしない。
suteru1 at 13:11

蘇るジェラ−ル・フィリップ(2003年6月)
今でも根強い人気のあるフランスの俳優、ジェラ−ル・フィリップ。36歳の若さでこの世を去った美男子。
アラン・ドロンもハンサムだったが、おそらく、アラン・ドロン以後の最後のハンサム俳優ではないだろうか。
現在、アンコ−ル上映として池袋の映画館で、限定上映されている。「肉体の悪魔」「星のない国」「危険な関係」「白痴」「しのび逢い」「モンパルナスの灯」が、その内容。
僕はこの中で、「モンパルナスの灯」は20年以上前に見ていた。残りの映画は、その当時見逃した映画だった。
ただ、「星のない国」は、今回日本初公開である。今回はまず、「肉体の悪魔」「星のない国」を見た。昨今の映画にはない、肩の凝らない明快なテ−マの内容だけに、満足のいくものだった。
ただ、うるさいだけの映画ではない、上質の大人の映画がそこにはあった。世界中の人々に、今も尚愛され続けている俳優だということが、これらの映画を見ると証明される。
来週は、「危険な関係」が上映される。是非見に行きたいと思う。
アラン・ドロンもハンサムだったが、おそらく、アラン・ドロン以後の最後のハンサム俳優ではないだろうか。
現在、アンコ−ル上映として池袋の映画館で、限定上映されている。「肉体の悪魔」「星のない国」「危険な関係」「白痴」「しのび逢い」「モンパルナスの灯」が、その内容。
僕はこの中で、「モンパルナスの灯」は20年以上前に見ていた。残りの映画は、その当時見逃した映画だった。
ただ、「星のない国」は、今回日本初公開である。今回はまず、「肉体の悪魔」「星のない国」を見た。昨今の映画にはない、肩の凝らない明快なテ−マの内容だけに、満足のいくものだった。
ただ、うるさいだけの映画ではない、上質の大人の映画がそこにはあった。世界中の人々に、今も尚愛され続けている俳優だということが、これらの映画を見ると証明される。
来週は、「危険な関係」が上映される。是非見に行きたいと思う。
suteru1 at 13:04

映画「めぐりあう時間たち」を見て
この映画は、視点があまりにも短い間に変わるため、非常にわかりづらい映画だった。
最後にそれらのつながりがわかるが、視点の変化に加えて、過去から現在という時間軸も変化しているため、わかりづらかった。
こういう映画を見るのは、実に20年振りのことだった。映像で表現される場合、脚本は、もっと単純な内容が良いと僕は思った。
そのほうが感情移入しやすい。
最後にそれらのつながりがわかるが、視点の変化に加えて、過去から現在という時間軸も変化しているため、わかりづらかった。
こういう映画を見るのは、実に20年振りのことだった。映像で表現される場合、脚本は、もっと単純な内容が良いと僕は思った。
そのほうが感情移入しやすい。
suteru1 at 12:58

法隆寺の斑鳩の里を散歩してみて(2003年5月)
JR奈良駅に降り立ったのは、実に小学生の時の修学旅行以来のことでした。ただ当時は京都・奈良へはバスで移動だったので、電車の奈良駅というのは初めてだと思います。
まず驚いたのは、京都駅と違っていろいろと開発されていない点でした。京都駅は新幹線が止まる駅とあって、すっかり近代的な感じに変わってしまいました。
これが奈良駅かぁ、と思って周囲を眺めました。時間がなくて近鉄の奈良駅の方までは行けなかったけど、そちらの方がいろいろな店があるのかもしれないと思いました。
駅前だから食べる店や、さぞかし土産物店も並んでいることだろうと思っていたら、とんでもない勘違いでした。
奈良公園に向かって歩いてみたものの、ラ−メン店と土産物屋が一件あるだけでした。時間の関係であまり奥には行けなかったので、駅前も見たけど、適当に食事できるところは皆無。信じられなかった。
宿泊したのは法隆寺の前の旅館。あらかじめ電話で共同で入れる風呂はありますかと確認したところ、ありますよ、ということなので、素泊まりで二泊することにした。
ところが泊まってみて驚いた。自宅にあるような一人風呂である。部屋には鍵はなく、枕カバ−は手ぬぐいだった。
バスタオルも、備え付けていない有様。一体ここは旅館なのか。見ると、ほとんど自宅に旅館と書いた看板だけがあるような建物。奈良県の良識を疑いたい。
よくこれで旅館業として登録が許されたものだ。奈良県観光協会の良識を疑うような宿泊施設だった。お客を完全にナメているとしか思えない。
宿帳を見ると、ほとんどが一泊しかしていなかった。おそらくリピ−ト客はいないであろう。タクシ−の運転手に聞くと、奈良県は良い旅館があまりないと言う。
修学旅行生が相手で、何もしなくても、向こうからお客がどんどん来るわけだから何も考えなくても昔はやっていけたのだろう。おかげで風邪まで拾って戻って来た。
ああ、修学旅行の思い出が懐かしい。
まず驚いたのは、京都駅と違っていろいろと開発されていない点でした。京都駅は新幹線が止まる駅とあって、すっかり近代的な感じに変わってしまいました。
これが奈良駅かぁ、と思って周囲を眺めました。時間がなくて近鉄の奈良駅の方までは行けなかったけど、そちらの方がいろいろな店があるのかもしれないと思いました。
駅前だから食べる店や、さぞかし土産物店も並んでいることだろうと思っていたら、とんでもない勘違いでした。
奈良公園に向かって歩いてみたものの、ラ−メン店と土産物屋が一件あるだけでした。時間の関係であまり奥には行けなかったので、駅前も見たけど、適当に食事できるところは皆無。信じられなかった。
宿泊したのは法隆寺の前の旅館。あらかじめ電話で共同で入れる風呂はありますかと確認したところ、ありますよ、ということなので、素泊まりで二泊することにした。
ところが泊まってみて驚いた。自宅にあるような一人風呂である。部屋には鍵はなく、枕カバ−は手ぬぐいだった。
バスタオルも、備え付けていない有様。一体ここは旅館なのか。見ると、ほとんど自宅に旅館と書いた看板だけがあるような建物。奈良県の良識を疑いたい。
よくこれで旅館業として登録が許されたものだ。奈良県観光協会の良識を疑うような宿泊施設だった。お客を完全にナメているとしか思えない。
宿帳を見ると、ほとんどが一泊しかしていなかった。おそらくリピ−ト客はいないであろう。タクシ−の運転手に聞くと、奈良県は良い旅館があまりないと言う。
修学旅行生が相手で、何もしなくても、向こうからお客がどんどん来るわけだから何も考えなくても昔はやっていけたのだろう。おかげで風邪まで拾って戻って来た。
ああ、修学旅行の思い出が懐かしい。
suteru1 at 11:39

映画を見て
今日は「エニグマ」という映画を見てきました。原作は、新潮文庫の「暗号機エニグマへの挑戦」。
制作は、ロ−リング・スト−ンズのミック・ジャガ−。暗号コ−ドの謎と美しき女性の謎という二つの謎が絡まっているところがこの物語のメインなわけだけど、映画館を出て出口に向かうところで、観客達は、この映画はよくわからなかったという言葉を口にしていた。
その言葉を耳にして、確かにそういうところがあると思った。
この二つの謎を何とか絡めたいと考えたところは良かったと思うけど、まるっきり別次元の謎なので、映画を見た人全員の納得が最後まで得られたかどうかは疑問だった。
でも僕としては、いろいろと参考になった。
制作は、ロ−リング・スト−ンズのミック・ジャガ−。暗号コ−ドの謎と美しき女性の謎という二つの謎が絡まっているところがこの物語のメインなわけだけど、映画館を出て出口に向かうところで、観客達は、この映画はよくわからなかったという言葉を口にしていた。
その言葉を耳にして、確かにそういうところがあると思った。
この二つの謎を何とか絡めたいと考えたところは良かったと思うけど、まるっきり別次元の謎なので、映画を見た人全員の納得が最後まで得られたかどうかは疑問だった。
でも僕としては、いろいろと参考になった。
suteru1 at 11:27

芥川賞候補作家 田端 信氏との出会い(3)
ある時、田端氏のお宅に何回電話をしても不在という状況が長く続きました。
田端氏に作品を見てもらいたかったのと、しばらく振りに話が聞きたいと思っていたので、相当に焦りました。
そしてやっと事情がわかりました。田端氏は、受講生とダブル不倫関係に陥っていました。田端氏の相手というのは、現在、作家として活躍している人ですが、その女性は、ついに相手の男性と離婚してしまいました。
田端氏は、その女性を世の中に出すということを約束していたらしく、そういう中でその女性は、念願のプロデビュ−を果たしました。まさに自分の身体を投げ打ってプロになっていった人でした。
この時僕は、「女の武器」を使ったことに嫌悪感を抱きました。まさに芸能界と同じです。田端氏の受講生は全国にいましたが、こういう事情を知っているのは、東京在住の受講生達でした。
こういう事があってから、田端氏の奥さんは疲れ果ててしまわれました。
しかし田端氏本人は、それをどこまで自覚していたのでしょうか。
もともと「退廃」を信条にしていた人でしたし、結果として自由奔放に生きたのだと思います。やがてこのような騒動も収まり、再び書いた小説を見てもらえる日々が訪れました。
それから15年ぐらい経ってからでしょうか。田端氏は癌という宣告を受け、数年前に亡くなられました。
作家の仕事は一代限りであり、この時点で田端氏と受講生との関係は終了しました。その間に、拙著「死者は眠らない」も何回も見てもらい、推敲に推敲を重ね、現在文庫として発売されていますが、惜しい人がまた一人亡くなってしまったと感じている今日この頃です。
あれから、すでに5年ぐらい経ったのでしょうか。
田端氏に作品を見てもらいたかったのと、しばらく振りに話が聞きたいと思っていたので、相当に焦りました。
そしてやっと事情がわかりました。田端氏は、受講生とダブル不倫関係に陥っていました。田端氏の相手というのは、現在、作家として活躍している人ですが、その女性は、ついに相手の男性と離婚してしまいました。
田端氏は、その女性を世の中に出すということを約束していたらしく、そういう中でその女性は、念願のプロデビュ−を果たしました。まさに自分の身体を投げ打ってプロになっていった人でした。
この時僕は、「女の武器」を使ったことに嫌悪感を抱きました。まさに芸能界と同じです。田端氏の受講生は全国にいましたが、こういう事情を知っているのは、東京在住の受講生達でした。
こういう事があってから、田端氏の奥さんは疲れ果ててしまわれました。
しかし田端氏本人は、それをどこまで自覚していたのでしょうか。
もともと「退廃」を信条にしていた人でしたし、結果として自由奔放に生きたのだと思います。やがてこのような騒動も収まり、再び書いた小説を見てもらえる日々が訪れました。
それから15年ぐらい経ってからでしょうか。田端氏は癌という宣告を受け、数年前に亡くなられました。
作家の仕事は一代限りであり、この時点で田端氏と受講生との関係は終了しました。その間に、拙著「死者は眠らない」も何回も見てもらい、推敲に推敲を重ね、現在文庫として発売されていますが、惜しい人がまた一人亡くなってしまったと感じている今日この頃です。
あれから、すでに5年ぐらい経ったのでしょうか。
suteru1 at 11:19

芥川賞候補作家 田端 信氏との出会い(2)
田端氏は、最初は、ある会社の作家志望者向けに通信教育の添削指導をしておられました。
受講生は田端氏の的確な指導を受けるにつれて、逆に受講生の方から添削を田端氏にお願いしたいという要望が次第に増えていきました。
同時にその会社は利益を優先していましたから、長編を書く受講生にとっては、経済的に大変な負担になっていました。それを見かねた田端氏は、その会社から独立し、それに伴って、やる気のある受講生に声をかけ、直接自分が指導するということで、現代文芸研究所を設立されました。
創作を趣味にしている人、作家志望の人、いろいろな人が集まりましたが、最終的にはほとんど作家志望者ばかりになりました。
そして数年後には同人雑誌「現代文芸」が発刊されるようになりました。さらに毎年、受講生の小説を掲載した作品集も発刊されるようになりました。
これは受講生に発表の場を、という田端氏のはからいで、かなり田端氏自身が自己負担する形で進められました。しかし僕は、同人雑誌には参加しませんでした。お金を負担しなければいけなかったし、何となく自己満足のような気がしたからです。
もっと別な形で社会に出たいと思っていました。それには、もっともっと小説の完成度を高め、客観的にも評価に耐えられるような作品を書かなければ駄目だと思いました。しかし、そう思いながらも人は弱いもので、日々の生活に流される毎日がかなり続きました。
田端氏の指導には会費というものはありません。原稿を見てもらう時に発生するお金だけです。その他には何の義務もありません。1対1で見てもらえて講評が聞けるるというメリットに加えて、安い指導料。
原稿用紙1枚につき、100円でした。このような指導だったので、ほとんど自分次第でどうにでもなる世界です。書く人は書く。
書かない人は何年でも書かない。ただ、受講生はうなぎ登りに増えていきました。そのため田端氏は、常に多忙でした。
ここでは純文学の志望者がほとんどでした。しかし田端氏は、詩歌、俳句、推理小説、純文学と何でも見れる人でした。ところで田端氏は、自分の文学のよりどころを「退廃」に置いておられました。
「退廃」こそ、人間の真実の姿ではないのかと。僕はその当時は、それはあまり好きではありませんでしたが、今振り返ってみて、それが何となくわかるような年齢になりました。
受講生は田端氏の的確な指導を受けるにつれて、逆に受講生の方から添削を田端氏にお願いしたいという要望が次第に増えていきました。
同時にその会社は利益を優先していましたから、長編を書く受講生にとっては、経済的に大変な負担になっていました。それを見かねた田端氏は、その会社から独立し、それに伴って、やる気のある受講生に声をかけ、直接自分が指導するということで、現代文芸研究所を設立されました。
創作を趣味にしている人、作家志望の人、いろいろな人が集まりましたが、最終的にはほとんど作家志望者ばかりになりました。
そして数年後には同人雑誌「現代文芸」が発刊されるようになりました。さらに毎年、受講生の小説を掲載した作品集も発刊されるようになりました。
これは受講生に発表の場を、という田端氏のはからいで、かなり田端氏自身が自己負担する形で進められました。しかし僕は、同人雑誌には参加しませんでした。お金を負担しなければいけなかったし、何となく自己満足のような気がしたからです。
もっと別な形で社会に出たいと思っていました。それには、もっともっと小説の完成度を高め、客観的にも評価に耐えられるような作品を書かなければ駄目だと思いました。しかし、そう思いながらも人は弱いもので、日々の生活に流される毎日がかなり続きました。
田端氏の指導には会費というものはありません。原稿を見てもらう時に発生するお金だけです。その他には何の義務もありません。1対1で見てもらえて講評が聞けるるというメリットに加えて、安い指導料。
原稿用紙1枚につき、100円でした。このような指導だったので、ほとんど自分次第でどうにでもなる世界です。書く人は書く。
書かない人は何年でも書かない。ただ、受講生はうなぎ登りに増えていきました。そのため田端氏は、常に多忙でした。
ここでは純文学の志望者がほとんどでした。しかし田端氏は、詩歌、俳句、推理小説、純文学と何でも見れる人でした。ところで田端氏は、自分の文学のよりどころを「退廃」に置いておられました。
「退廃」こそ、人間の真実の姿ではないのかと。僕はその当時は、それはあまり好きではありませんでしたが、今振り返ってみて、それが何となくわかるような年齢になりました。
suteru1 at 11:08

芥川賞候補作家 田端 信氏との出会い(1)
作家 田端氏との出会いは、もう古い話で、昭和50年頃でした。中央線の吉祥寺駅東口を降りて、20分ほど東に向かって歩くと、閑静な住宅街の中に住まいはありました。
田端氏は読売文学短編賞など数多くの賞を受賞され、多くの後進の指導にあたっておられ、僕もその中の一人でした。
自宅に着くと勝手に木戸を開け、二階に通じる階段を上がり、ドアを叩く。すると奥から声が聞こえ、ちょっとガタがきていたドアを開ける。田端氏は、おおっと声をかけ、ソファを勧めてくれる。
そしておもむろに戸棚からビ−ルを取り出すと、コップに注いでくれる。これが田端氏の自宅に伺った時の恒例のスタイルであった。田端氏との談笑が長くなると、タイミング良く、奥さんが階下から上がってきて、果物の差し入れを持ってきて下さった。
こうして長い時間、お邪魔して帰るのである。田端氏にとっては、本当にお邪魔だったと思う。出来の悪い弟子と何時間も創作について話すのである。
田端氏は僕にいつもこんなことを言っていた。「小説を書いているアマチュアは、いつも不安との戦いである。自分の書いた小説の評価は、良いのか悪いのか。みんな、たかが小説じゃないかと思っている。
しかし、されど小説なのである。書くことを辞めてもどこかで気になっている。世の中に早く出ていかなければいけない」田端氏の指導は1対1の指導である。
これほど素晴らしい指導は、他には見当たらない。しかも無料である。僕は、それらをテ−プレコ−ダ−に録音した。
今でもそれは、手元にある。構成はどうか、登場人物の描き方はどうか、視点はズレていないか。徹底的に分析する。
そして何回でも書き直す。そうして書くコツをつかみ取っていく。田端氏の指導は奥が深く、最後はいつも頑張れと言って励ましてくれた。
すぐ次の作品に移るよりも、何回も書き直しをするほうが上達は早いと言われた。そうして身体で覚えていくものだと言われた。
しかし、それはどこかで見切りをつけて次の作品に取り組まなければいけないとも言われた。100%完璧だという作品は有り得ないのだし、自分で納得したところで次の作品に取り組む。
いつも、こういうことの繰り返しだった。そして不安になると、田端氏のところへ電話をした。田端氏は電話をかけることにも文句は言われなかった。
田端氏の指導は、そういう指導方法だった。
田端氏は読売文学短編賞など数多くの賞を受賞され、多くの後進の指導にあたっておられ、僕もその中の一人でした。
自宅に着くと勝手に木戸を開け、二階に通じる階段を上がり、ドアを叩く。すると奥から声が聞こえ、ちょっとガタがきていたドアを開ける。田端氏は、おおっと声をかけ、ソファを勧めてくれる。
そしておもむろに戸棚からビ−ルを取り出すと、コップに注いでくれる。これが田端氏の自宅に伺った時の恒例のスタイルであった。田端氏との談笑が長くなると、タイミング良く、奥さんが階下から上がってきて、果物の差し入れを持ってきて下さった。
こうして長い時間、お邪魔して帰るのである。田端氏にとっては、本当にお邪魔だったと思う。出来の悪い弟子と何時間も創作について話すのである。
田端氏は僕にいつもこんなことを言っていた。「小説を書いているアマチュアは、いつも不安との戦いである。自分の書いた小説の評価は、良いのか悪いのか。みんな、たかが小説じゃないかと思っている。
しかし、されど小説なのである。書くことを辞めてもどこかで気になっている。世の中に早く出ていかなければいけない」田端氏の指導は1対1の指導である。
これほど素晴らしい指導は、他には見当たらない。しかも無料である。僕は、それらをテ−プレコ−ダ−に録音した。
今でもそれは、手元にある。構成はどうか、登場人物の描き方はどうか、視点はズレていないか。徹底的に分析する。
そして何回でも書き直す。そうして書くコツをつかみ取っていく。田端氏の指導は奥が深く、最後はいつも頑張れと言って励ましてくれた。
すぐ次の作品に移るよりも、何回も書き直しをするほうが上達は早いと言われた。そうして身体で覚えていくものだと言われた。
しかし、それはどこかで見切りをつけて次の作品に取り組まなければいけないとも言われた。100%完璧だという作品は有り得ないのだし、自分で納得したところで次の作品に取り組む。
いつも、こういうことの繰り返しだった。そして不安になると、田端氏のところへ電話をした。田端氏は電話をかけることにも文句は言われなかった。
田端氏の指導は、そういう指導方法だった。
suteru1 at 10:58

登場人物を考えることについて
僕は長い間、作家の田端氏のもとで、小説を書く上において、いろいろなことを教わりました。一緒に習った人の中には、現在作家の藍川 京氏や、かつて「家族ゲ−ム」で新人賞を受賞した本間洋平氏その他大勢の人がいます。
僕も、拙著、推理小説「死者は眠らない」(彩図社ぶんりき文庫)を発刊し、次回作「死者の結婚式」を現在考えているところです。推理小説を書いていく場合、僕の場合は、まず構想をしっかり考えます。
同時に登場人物の設定も同時進行で考えていきます。登場人物の輪郭をつかむために、本を読んだり資料を見たりします。最近では、「自殺って言えなかった」や「天国にいるおとうさま」を読みました。
自死遺児や交通遺児の人達の気持ちを書いた本でしたが、僕は読んでいるうちに、何度も涙が浮かんできました。はじめて、どういう状況なのか、知りました。
これを読んで思ったことは、もしこういうことが映画やドラマになったら、それを演じる俳優はかなり感情移入が大変だなということです。
小説を書いていても、作者はその登場人物にある程度なりきっていないと、どうしてもその人物の個性が出てきません。作家の天童荒太氏の「あふれた愛」は、作者に寄せられた読者からの手紙を充分消化しながら、書いた小説だと思います。
僕も今取り組んでいる推理小説「死者の結婚式」に、そういったことがにじみ出るように悪戦苦闘している毎日です。この小説は、医薬品業界をテ−マにした小説です。
僕も、拙著、推理小説「死者は眠らない」(彩図社ぶんりき文庫)を発刊し、次回作「死者の結婚式」を現在考えているところです。推理小説を書いていく場合、僕の場合は、まず構想をしっかり考えます。
同時に登場人物の設定も同時進行で考えていきます。登場人物の輪郭をつかむために、本を読んだり資料を見たりします。最近では、「自殺って言えなかった」や「天国にいるおとうさま」を読みました。
自死遺児や交通遺児の人達の気持ちを書いた本でしたが、僕は読んでいるうちに、何度も涙が浮かんできました。はじめて、どういう状況なのか、知りました。
これを読んで思ったことは、もしこういうことが映画やドラマになったら、それを演じる俳優はかなり感情移入が大変だなということです。
小説を書いていても、作者はその登場人物にある程度なりきっていないと、どうしてもその人物の個性が出てきません。作家の天童荒太氏の「あふれた愛」は、作者に寄せられた読者からの手紙を充分消化しながら、書いた小説だと思います。
僕も今取り組んでいる推理小説「死者の結婚式」に、そういったことがにじみ出るように悪戦苦闘している毎日です。この小説は、医薬品業界をテ−マにした小説です。
suteru1 at 10:56

画家の小磯良平展について
東京駅は大丸百貨店で、小磯良平 回顧展が開かれていたので、行ってみた。その昔も見に行ったことがあり、今回で二回目だった。
小磯良平は、神戸に生まれ育ち、神戸には市立小磯記念美術館がある。昔、上野にある美術館で、タ−ナ−やコンスタブルの絵を見に行ったが、人が多くて、絵を見ているのか、人の頭を見ているのか、わからない状態だった。
しかし、こういう百貨店のギャラリ−で開催される催し物には、人の数も少なく、芸術に触れるには、非常によいことがわかった。
やはり芸術には、自分のペ−スでゆっくり見て回りたいと思った。小磯良平の絵には、女性像が多いのだが、僕は「踊り子」よりも「裁縫をする女」の女性像が好きだ。
これは昔からそうだ。顔を強調した絵よりも、全体のバランスを考えた絵のほうが好きである。
今回行ってみて新たな発見をした。それは小磯良平が薬草植物の水彩画を描いていた点だ。カリンの絵などは、非常に良く描けていると思った。
ア−ル・デコの華 ルネ・ラリック展もここで開催される。是非、行ってみたいと思う。2003年3月27日から4月8日までである。
小磯良平は、神戸に生まれ育ち、神戸には市立小磯記念美術館がある。昔、上野にある美術館で、タ−ナ−やコンスタブルの絵を見に行ったが、人が多くて、絵を見ているのか、人の頭を見ているのか、わからない状態だった。
しかし、こういう百貨店のギャラリ−で開催される催し物には、人の数も少なく、芸術に触れるには、非常によいことがわかった。
やはり芸術には、自分のペ−スでゆっくり見て回りたいと思った。小磯良平の絵には、女性像が多いのだが、僕は「踊り子」よりも「裁縫をする女」の女性像が好きだ。
これは昔からそうだ。顔を強調した絵よりも、全体のバランスを考えた絵のほうが好きである。
今回行ってみて新たな発見をした。それは小磯良平が薬草植物の水彩画を描いていた点だ。カリンの絵などは、非常に良く描けていると思った。
ア−ル・デコの華 ルネ・ラリック展もここで開催される。是非、行ってみたいと思う。2003年3月27日から4月8日までである。
suteru1 at 10:48

諏訪赤十字病院を訪問して(2003年2月)
最近、講談社が創刊した「鉄道の旅」を見た。創刊1号には、天竜川に沿って三河と信州を結ぶ飯田線のことが書かれていた。
飯田線と言えば、駒ヶ根には昭和伊南総合病院、伊那には伊那中央総合病院がある。周りの景色を見渡せば、畑に道路に山である。田舎へ行けば、生活の主体は車である。
よく見かける電車の乗客と言えば、どこかの高校生の通学姿ぐらいなものである。こういうロ−カルな所というのは、旅行という感覚で行くのが一番良い。そこに住んでいる人々にしてみれば、ロ−カル云々なんていうことは関係がない。
そもそも初めから比較の対象がないわけだから、そんなことはどうでも良いことなのだ。生まれた時には、すでにそこに山があり、川があり、畑があった。
そういうことは、上諏訪も同じである。初めて上諏訪駅で降りて、まずビックリすることは、プラットホ−ムに温泉があることである。しかし、よく見てみるとそれは足湯だった。
夕方ともなると、たくさんの利用客で溢れている。タクシ−に乗り、皇族も泊まったことがあるという立派なホテルを左手に見ながら走っていくと、右手には諏訪湖が広がっている。
今年は5年振りに湖面に氷が張っていた。そして諏訪赤十字病院は諏訪湖を見下ろすように建っている。赤い十字のマ−クは、空に映え、何か威厳さえ感じる。
建物の外観は新しく、室内は広々と感じる。街の中に建て増し建て増しで建っている病院と違い、いかにも患者に優しい病院らしい感じがする。
飯田線と言えば、駒ヶ根には昭和伊南総合病院、伊那には伊那中央総合病院がある。周りの景色を見渡せば、畑に道路に山である。田舎へ行けば、生活の主体は車である。
よく見かける電車の乗客と言えば、どこかの高校生の通学姿ぐらいなものである。こういうロ−カルな所というのは、旅行という感覚で行くのが一番良い。そこに住んでいる人々にしてみれば、ロ−カル云々なんていうことは関係がない。
そもそも初めから比較の対象がないわけだから、そんなことはどうでも良いことなのだ。生まれた時には、すでにそこに山があり、川があり、畑があった。
そういうことは、上諏訪も同じである。初めて上諏訪駅で降りて、まずビックリすることは、プラットホ−ムに温泉があることである。しかし、よく見てみるとそれは足湯だった。
夕方ともなると、たくさんの利用客で溢れている。タクシ−に乗り、皇族も泊まったことがあるという立派なホテルを左手に見ながら走っていくと、右手には諏訪湖が広がっている。
今年は5年振りに湖面に氷が張っていた。そして諏訪赤十字病院は諏訪湖を見下ろすように建っている。赤い十字のマ−クは、空に映え、何か威厳さえ感じる。
建物の外観は新しく、室内は広々と感じる。街の中に建て増し建て増しで建っている病院と違い、いかにも患者に優しい病院らしい感じがする。
suteru1 at 10:41

うさぎ病院が繁盛してる!!
家の近くに、うさぎ専門の病院があります。ちらっと覗くと、何とたくさんの人がうさぎと一緒に順番を待っている。
男性もいるけど、圧倒的に女性が多い。みんな大事そうにうさぎを抱えている。診察室がまた可愛い。
小さな扉があって、それをちょっと押すようにすると、診察室になっている。真ん中は小さな穴が空いている。ここの女医さんも当然、ウサギが好きなようです。
でも、こんなにうさぎを飼っている人達がいるんだね。うさぎはあまりうるさくないし、動き回らないし、部屋で飼うにはちょうどいいのかもしれない。
でも神経質そうだから、病気になる確率も高いのか、常に満員です。中にでっかいウサギを抱えている人もいた。
あんなでっかいウサギを家で飼っているんだと思ったら、何だか訳もなく寂しくなってきた。理由はわからないんだけど、ウサギも人間も可哀相に思えてきた。
人間にも、もっと自然が必要なんだ。そうすればウサギを飼わなくても良かったかもしれないのに。
男性もいるけど、圧倒的に女性が多い。みんな大事そうにうさぎを抱えている。診察室がまた可愛い。
小さな扉があって、それをちょっと押すようにすると、診察室になっている。真ん中は小さな穴が空いている。ここの女医さんも当然、ウサギが好きなようです。
でも、こんなにうさぎを飼っている人達がいるんだね。うさぎはあまりうるさくないし、動き回らないし、部屋で飼うにはちょうどいいのかもしれない。
でも神経質そうだから、病気になる確率も高いのか、常に満員です。中にでっかいウサギを抱えている人もいた。
あんなでっかいウサギを家で飼っているんだと思ったら、何だか訳もなく寂しくなってきた。理由はわからないんだけど、ウサギも人間も可哀相に思えてきた。
人間にも、もっと自然が必要なんだ。そうすればウサギを飼わなくても良かったかもしれないのに。
suteru1 at 10:36

NPO保険作り(2003年1月)
昨日、NHKの番組で、NPO保険作りのことを放送していました。番組では、難病患者の人が保険に入れなくて将来に不安を抱いている様子が映し出されていました。
そこでNPOの中の、あるグル−プが、それならということで、一般の人から出資を募り、それを財源にして難病患者の人も入れる保険を作っていました。
そういう活動が紹介されていました。不条理なことが多い世の中で、いい話だなと思いました。私は最近「薬害は何故なくならないか」(1996年刊)を読み始めました。1996年に買ったのですが、いつかは読みたいと思い、今日まで過ぎてしまいました。その中には、日本の薬害事件が起こる構造が書かれています。
薬は、薬価と言って、国が決めた値段があります。病院は薬を安く仕入れ、請求は国が決めた価格で請求します。この薬価差益で病院は儲けていました。
何でも良いから患者に薬を与え続け、そうすれば製薬会社はどんどん儲かり、それは結局のところ私たちが払う保険料と税金です。時々、テレビでも薬の宣伝をしていますが、それらは薬価に織り込み済みです。
ということは、製薬会社の社員というのは、私たちの払う保険料と税金で食わしてもらっているわけです。
薬害事件を頻繁に起こしながら、その裏では、保険料と税金で莫大な利益を上げています。皆さん、こんなことが許されていいのでしょうか。
こんなことだから、医者と製薬会社の癒着が起こるんです。
そこでNPOの中の、あるグル−プが、それならということで、一般の人から出資を募り、それを財源にして難病患者の人も入れる保険を作っていました。
そういう活動が紹介されていました。不条理なことが多い世の中で、いい話だなと思いました。私は最近「薬害は何故なくならないか」(1996年刊)を読み始めました。1996年に買ったのですが、いつかは読みたいと思い、今日まで過ぎてしまいました。その中には、日本の薬害事件が起こる構造が書かれています。
薬は、薬価と言って、国が決めた値段があります。病院は薬を安く仕入れ、請求は国が決めた価格で請求します。この薬価差益で病院は儲けていました。
何でも良いから患者に薬を与え続け、そうすれば製薬会社はどんどん儲かり、それは結局のところ私たちが払う保険料と税金です。時々、テレビでも薬の宣伝をしていますが、それらは薬価に織り込み済みです。
ということは、製薬会社の社員というのは、私たちの払う保険料と税金で食わしてもらっているわけです。
薬害事件を頻繁に起こしながら、その裏では、保険料と税金で莫大な利益を上げています。皆さん、こんなことが許されていいのでしょうか。
こんなことだから、医者と製薬会社の癒着が起こるんです。
suteru1 at 10:24

気になりだしたら止まらない(2003年1月)
12月29日ドラマスペシャル「旅の終わりに・艶歌の竜ふたたび〜失われた歌を求めて…日韓を渡った父と娘の愛情」を見た。
出演 小林稔侍、佐野史郎、氷川きよし他。この中で歌われた「心の花」という歌が気に入り、早速HMVに問い合わせたら、そんな歌は出ていませんと言われた。
え−!!。早速、テレビ東京に電話。年末年始で、新年は7日からだと言われた。すぐにHPで探してみた。番組欄はあるのだが、肝心の詳しいことはどこにも載っていない。
ドラマの簡単な内容の案内だけだ。困った、実に困った。そういえば、ドラマの最後に映し出されるクレジット、あの中に歌手の名前がなかった。
作詞は五木寛之、作曲は忘れた。その下の歌手名がなかったような記憶がある。ということは、未発売なのか。
どうも気になった。この歌が良かっただけに、もう一度聞きたいと思ったのだ。ああ、誰か、詳しいことがわかったら、教えて欲しい。
来週になったら、テレビ局に電話して聞いてみよう。
出演 小林稔侍、佐野史郎、氷川きよし他。この中で歌われた「心の花」という歌が気に入り、早速HMVに問い合わせたら、そんな歌は出ていませんと言われた。
え−!!。早速、テレビ東京に電話。年末年始で、新年は7日からだと言われた。すぐにHPで探してみた。番組欄はあるのだが、肝心の詳しいことはどこにも載っていない。
ドラマの簡単な内容の案内だけだ。困った、実に困った。そういえば、ドラマの最後に映し出されるクレジット、あの中に歌手の名前がなかった。
作詞は五木寛之、作曲は忘れた。その下の歌手名がなかったような記憶がある。ということは、未発売なのか。
どうも気になった。この歌が良かっただけに、もう一度聞きたいと思ったのだ。ああ、誰か、詳しいことがわかったら、教えて欲しい。
来週になったら、テレビ局に電話して聞いてみよう。
suteru1 at 10:20

毎日が日曜日
今朝の朝刊の週刊誌の見出しを見たら、年収2600万円の天下り年金官僚がおり、年金を引き下げる前に即刻クビにしろ、と書いてあった。
僕も同感ですね。こんな人は仕事もしないで、毎日が日曜日でしょう。税金で食わせてもらっている輩で、非国民じゃないでしょうか。
大体、公務員の受験資格に実務経験の年数がないのがおかしい。新卒で入るから、こういう訳のわからない人間を生む集団社会になるのだろう。
公務員を受験する資格として、一度実社会を経験してから試験を受けるという制度に変更すべきであると思う。国の政治も家庭の中も家計は一緒である。収入が少なくなれば、必然的に支出を抑えなければ忽ち借金生活に陥ってしまう。
そんなことは幼稚園の子供でも知っていること。政治家は、この単純なことがわからないらしい。特殊法人改革というが、だったら、全ての特殊法人への補助金をカットしたらどうか。
存続したいのなら、補助金無しでやればよい。そうして民間と競争すれば良いのだ。もはや甘いことを夢見る時代は終わったのだ。
だから僕は、こういうところにいる役人は、非国民だと思う。非国民という言葉は、何も太平洋戦争当時の言葉だけではないと思う。
声を大にして言いたい。彼らは、非国民である。日本人にあらず。
僕も同感ですね。こんな人は仕事もしないで、毎日が日曜日でしょう。税金で食わせてもらっている輩で、非国民じゃないでしょうか。
大体、公務員の受験資格に実務経験の年数がないのがおかしい。新卒で入るから、こういう訳のわからない人間を生む集団社会になるのだろう。
公務員を受験する資格として、一度実社会を経験してから試験を受けるという制度に変更すべきであると思う。国の政治も家庭の中も家計は一緒である。収入が少なくなれば、必然的に支出を抑えなければ忽ち借金生活に陥ってしまう。
そんなことは幼稚園の子供でも知っていること。政治家は、この単純なことがわからないらしい。特殊法人改革というが、だったら、全ての特殊法人への補助金をカットしたらどうか。
存続したいのなら、補助金無しでやればよい。そうして民間と競争すれば良いのだ。もはや甘いことを夢見る時代は終わったのだ。
だから僕は、こういうところにいる役人は、非国民だと思う。非国民という言葉は、何も太平洋戦争当時の言葉だけではないと思う。
声を大にして言いたい。彼らは、非国民である。日本人にあらず。
suteru1 at 10:05

今日の東京は雪がちらついています(2003年1月)
昨日は、12時間ドラマ「忠臣蔵」の一部を見ました。中村吉右衛門の渋い演技。「鬼平犯科帳」の時もそうだったけど、こういう重みのある時代劇は好きです。
やっぱり役者ですかね。昔は北大路欣也主演の12時間ドラマを見たことがあったけど、こちらはほんとに12時間見ました。
この長い時間は結構キツイね。時間がもったいないとか、そんなこと考えもしないで見ました。正月だからできることなのかもしれない。
最近は、味のある時代劇が減ってしまいました。それにNHKの大河ドラマだって、毎年似たような題材の繰り返し。僕が見たのは、足利尊氏の物語や毛利元就や前田利家の物語。信長や秀吉や家康や宮本武蔵なんて、もう飽きてしまった。
もっと違う人物を取り上げて欲しいと思う。しかし視聴率のことがあるから、あまり知られていない人物の話は持ってこれない。
この兼ね合いが難しいのだと思う。しかしNHKだから、あまり視聴率にこだわらなくてもいいようにも思う。「少年たち 3」は、いいドラマでした。地味だけど、いいテ−マを取り上げていると思いました。
周囲の人間関係を描くことによって、必然的に主役の登場人物達に光りや影が当たってくる。主演の俳優の演技も良かった。去年、無名塾が主催し、俳優の仲代達矢が主演の演劇「セ−ルスマンの死」を見た。
これは途中で眠くなった場面があった。何となく、物語が同じ事の繰り返しのような所があり、それで中だるみしてしまって、眠くなったのだと思った。
隣の席の人も寝ていた。やはり物語の作りは、構成だなと思った。
やっぱり役者ですかね。昔は北大路欣也主演の12時間ドラマを見たことがあったけど、こちらはほんとに12時間見ました。
この長い時間は結構キツイね。時間がもったいないとか、そんなこと考えもしないで見ました。正月だからできることなのかもしれない。
最近は、味のある時代劇が減ってしまいました。それにNHKの大河ドラマだって、毎年似たような題材の繰り返し。僕が見たのは、足利尊氏の物語や毛利元就や前田利家の物語。信長や秀吉や家康や宮本武蔵なんて、もう飽きてしまった。
もっと違う人物を取り上げて欲しいと思う。しかし視聴率のことがあるから、あまり知られていない人物の話は持ってこれない。
この兼ね合いが難しいのだと思う。しかしNHKだから、あまり視聴率にこだわらなくてもいいようにも思う。「少年たち 3」は、いいドラマでした。地味だけど、いいテ−マを取り上げていると思いました。
周囲の人間関係を描くことによって、必然的に主役の登場人物達に光りや影が当たってくる。主演の俳優の演技も良かった。去年、無名塾が主催し、俳優の仲代達矢が主演の演劇「セ−ルスマンの死」を見た。
これは途中で眠くなった場面があった。何となく、物語が同じ事の繰り返しのような所があり、それで中だるみしてしまって、眠くなったのだと思った。
隣の席の人も寝ていた。やはり物語の作りは、構成だなと思った。
suteru1 at 10:03

探している本、あるかな
1984年に発行された本「鉄道ファンがしびれる鉄道びっくり雑学」について、本屋にはないかもしれないと思い、池袋の本屋に行って聞いてみたところ、発行元の大陸書房というのは、すでに倒産している出版社だということがわかりました。
そうかぁ、倒産したのかぁ。そういえば、何かそんな話を聞いたことがあったっけ。
がっかりだなぁ。こうして本は星の数ほど出版されていても、品切れや絶版、重版未定という問題に遭遇する。
読みたいと思った時に、いつでも読めるという環境が欲しいね。こういうことを考えると、紙の本というのは、もう限界だろうね。早く来い来い、電子出版の時代よ。
でも、まだまだソニ−のクリエや、東芝のジェニオなんて値段が高くて買えないよ。本を読む機械なら、2千円がいいところだろうね。
そんな時代が果たして来るのかどうか。
そうかぁ、倒産したのかぁ。そういえば、何かそんな話を聞いたことがあったっけ。
がっかりだなぁ。こうして本は星の数ほど出版されていても、品切れや絶版、重版未定という問題に遭遇する。
読みたいと思った時に、いつでも読めるという環境が欲しいね。こういうことを考えると、紙の本というのは、もう限界だろうね。早く来い来い、電子出版の時代よ。
でも、まだまだソニ−のクリエや、東芝のジェニオなんて値段が高くて買えないよ。本を読む機械なら、2千円がいいところだろうね。
そんな時代が果たして来るのかどうか。
suteru1 at 10:01

近所にいた猫はどこへ行ってしまったんだろう
時々、ふらっとやって来てはまたどこかへ消えてしまう近所の猫。そういう生活のせいか、別の猫とケンカをしている声がよく聞こえてきました。
この猫は、外見も小さく、毛並みもそんなに良くはなく、ケンカをすれば負けてしまう。でも、そう思っているのは人間だけかもしれない。
本当は強いのかもしれない。動作は鋭いが、以前人間に飼われていた様子が伺える。顔付きも野生のようだが、人なつっこい一面も見せる。
ただ、純粋に日本の猫だけの血ではなく、外国産の猫の血も混じっているのでは、と思う顔付きをしている。
でも、どこへ行ってしまったのだろうか。最近は、とんと姿を見せない。
この猫は、外見も小さく、毛並みもそんなに良くはなく、ケンカをすれば負けてしまう。でも、そう思っているのは人間だけかもしれない。
本当は強いのかもしれない。動作は鋭いが、以前人間に飼われていた様子が伺える。顔付きも野生のようだが、人なつっこい一面も見せる。
ただ、純粋に日本の猫だけの血ではなく、外国産の猫の血も混じっているのでは、と思う顔付きをしている。
でも、どこへ行ってしまったのだろうか。最近は、とんと姿を見せない。
suteru1 at 09:57


